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ご質問とそのお答え (2018.08) 先日ツイッターに次のような文を投稿しました。In Meditation Sutra nine g...
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法然上人の浄土の教え(2) (2018.02) 昨年9月のコラムでは、法然上人の『一枚起請文』を取り上げました。今回はその続きとして、いくつかの...
明けましておめでとうございます (2018.01) 旧年中の皆さまのご支援やお励ましに対し、心より感謝申し上げます。
本年が、皆さまにとって実...
法然上人のこと (2017.11) 法然上人は、日本浄土教を大成された浄土宗の宗祖です。また世界史的な視点から観ても稀有な位置を占め...
家の中にMyお寺をつくる (2017.10) 前回のコラム「法然上人の浄土の教え」に、次のようなご感想をお寄せ頂きました。
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法然上人の浄土の教え (2017.09) 法然上人(1133-1212)は、平安時代の末期から鎌倉時代にかけて活躍された方で、浄土宗の宗祖...
お釈迦さまの浄土の教え (2017.08) 浄土宗の教えは『浄土三部経』という三つの経典をその根拠としています。皆さんにもいつか、これらの経...
世界に通ずる仏教〜浄土教 (2017.07) 仏教は創造主を説きません。宇宙はさまざまな条件が組み合わさって多様に展開しているのであって、絶対...
宗教体験、そしてそれを語ること (2017.05) 以前京都の佛教大学で学んでいた頃、T先生という方にご指導を頂きました。仏教概論の講義だったと思い...
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2018.08.17ご質問とそのお答え

 先日ツイッターに次のような文を投稿しました。

In Meditation Sutra nine grades of Birth in the Pure Land are preached. But Honen Shonin didn't refer to them. He insisted on the equality: anyone who recites Nembutsu can attain the Birth. He is very clear on this point.

(『仏説観無量寿経』というお経には9通りの往生について説かれていますが、法然上人はこれには言及しておられません。上人は平等性、誰でもお念仏を称えれば極楽に往生できるということを強調されました。この点に関して法然上人は非常にはっきりしておられます。)

 これに対してご質問を頂きましたので、ご了解を頂いた上で掲載させて頂きます。

(質 問)
 これは『観無量寿経』の中の九品往生のことだと思うのですが、法然上人はそれについて全く説かれていないのでしょうか? 先日の増上寺日曜大殿説教ではS上人がお話をされ、その後の茶話会のときに出た九品往生の質問に答えて、『私などはせいぜい下品上生くらいだと思います』と仰っていました。


(回 答)
 いつもお読み頂き、ありがとうございます。
法然上人の問答に、次のようなものがあります。

「問うていわく。極楽に九品の差別有る事、弥陀本願の構えと為すべきか。(阿弥陀仏の本願に基づいて設けられたものですか)
(上人)答えていわく。極楽の九品は弥陀の本願にあらず、更に四十八願の中に無し、これ釈尊の巧言なり。もし善人悪人一所に生ずと説かば、悪業の者、等しく慢心を起こすべきが故に、品位の差別あらしめ、善人は上品に進み、悪人は下品に下ると説くなり。急ぎ(極楽に)参りて見るべし(ご自分で確かめてご覧なさい)。」

 ご指摘のように、法然上人は「九品」という言葉にさえ一言も言及されていない、というわけではありません。しかし、この問答にあるように、九種の差別については否定的です。法然上人の他の教えを見れば、このような経典解釈もごもっとも、と思われます。
 実を言いますと、浄土真宗さんが「恵心僧都〜親鸞聖人」の流れで「方便化土」「辺地往生」を説いておりまして(それはまた善悪の差別とは別次元のテーマではあるのですが)、それに対して疑問を呈する意味も込めて「往生に差別なし」という主旨の今回のツイートを書きました。
 海外では親鸞聖人の教えに馴染んでいる方が多いので、ここで法然上人の平等性を強調したつもりでした。少々言葉不足だったかもしれませんね。


(返 信)
 ご回答ありがとうございます。
 なるほど「釈尊の巧言」でしたか。その理由ももっともで、法然上人のお答えは見事ですね。
 極楽に行ってからも勝ち組・負け組と分けられるのは勘弁してほしいと思います。

 以上のようなやりとりでした。法然上人のおことばをご紹介する良い機会と思い、引用させて頂きました。
 「釈尊の巧言なり」とは確かに思い切った表現ですが、法然上人の自信と覚悟を感じます。

 もう一つ、六道輪廻についてのご質問もいただきました。

(質 問)
 生前の行ないによって生まれ変わり死に変わりを繰り返すという、六道輪廻についてお尋ねします。
 私がかりに三悪道に落ちたとして、その私が(アートマンというのかアーラヤ識というのかわかりませんが)どうやって生まれ変わるのでしょうか。
 目連尊者の母上の話や、「蜘蛛の糸」のカンダタの話を読むと人間の業苦・仏の慈悲を想像するのですが、一方で蠅・蚊・ゴキブリなどは存在しているだけで人から嫌われ叩き潰される命であり、そこには善因楽果・悪因苦果がないように思われます。
 シッダルタ王子は、虫が小鳥に、小鳥が猛禽に食べられるのを見て世の悲惨さと弱肉強食の現実を感じたといいます。昆虫の雌雄でも好き嫌いがあるようですから何らかの意識はあると思われますが、それがアーラヤ識であり輪廻転生の主体なのでしょうか。
 とりとめのない話ですみません。六道輪廻の理解が浄土信仰の出発点だと思うので質問しました。


(回 答)
 輪廻転生についてのご質問ですね。
 私は次のように理解しています。

 まず「私」とは何か。
 仏教の無常・無我の教えの通りだと思います。「私」は不変の実体ではない、つまり幻か夢、空に浮かぶ雲のようなもの。(たとえ夢の中であっても、喜怒哀楽や苦しみは切実なものですが。)
 六道の世界もまた、実体があるわけではありませんから、夢の世界といえましょう。
 夢である「私」が、夢である「六道」の世界を輪廻している。早く目を覚ましてそこから解脱しなさい、と説くのが仏教です。因果応報もまた、「目覚め」以前の夢世界の中ではたらいている法則です。
 従いまして、六道輪廻について考究しすぎると、かえって迷い道に入り込んでしまいます。六道の意味するところや、巡る順番などにも諸説ありますし、また「あなたの前世は〇〇だったのですよ」というような言葉も真に受けてしまうかもしれません。
 「私」という夢がさまざまな夢世界を経巡っている、夢世界の中でも悪業を行うと悪夢の原因となる、悪夢から抜け出したり、さらに夢自体から目覚めることはなかなか難しいことである(ゆえに浄土の教えがある)、と大まかに捉えておくくらいが良いのではないでしょうか。
 但し、これを説くときには慎重を要します。なぜなら「すべてが夢のようなもの」と言うと、「現実世界で努力する意味はあるのか」「苦労して勉強したり、働いたりする意味はあるのか」と虚無主義的に受け取る方もいるからです。
 これらの努力はとても大切なことです。なぜなら現実世界との接触、あるいはぶつかりを通じてのみ、学びの素材が得られるからです。

 以上、今回は二つのご質問をめぐるやりとりをご紹介しました。◆


2018.07.13イメージ力が極楽浄土を作る?

 仏教には「唯識(ゆいしき)」という学派があります。わが国では興福寺、薬師寺などの法相宗(ほっそうしゅう)がこの学派にあたります。
 唯識は、現代の深層心理学に通ずる立場であり、「アーラヤ識」と呼ばれる深層意識がわれわれの心の奥底に広大に広がっている、と考えます。この深層意識は絶えず動き、われわれの表層認識(視覚、聴覚など)や自己執着に展開してゆく。さらには、われわれの認識ばかりでなく、外界のすべての事物も実はこのアーラヤ識が展開したものであって、われわれが受身となって外界の客観情報を受け取っているわけではなく、まるで映写機がさまざまな事物をスクリーンに映し出すように、深層の心であるアーラヤ識がこの世界を作り出している、というような考え方です。
 常識的なものごとの受け取り方を180度ひっくり返すような観点といえます。仏教者が、「世界も人生も、自分の心が作り出すものです」、「幸せも不幸も、外側の世界に原因があるのではなく、実は自分の心が作っているのですよ」というような言い方をすることがあります。いずれもこの唯識の考え方に基づいているといえましょう。
 仏教の目的である覚りに近づくためには、われわれは瞑想修行をベースに日頃の心や行ないを清め、ひいては心の深層にあるアーラヤ識を清めてゆかなければなりません。これが唯識派の仏道修行の基本的な考え方です。

 さて、この唯識思想を大成したといわれる世親(せしん—4世紀ないし5世紀に活躍したインドの学僧)という人は、浄土教では『往生論』というテキストの作者としてよく知られています。
 浄土教が説く「極楽浄土」は、仏さま・菩薩さま方がおられる優れた世界、美に満ちた世界であり、経典には言葉を尽くしてその美や素晴らしさが説かれています。(岩波文庫『浄土三部経』などで原典を読むことができます)
 それでは世親の内面において、唯識の立場と、浄土経典が説く極楽浄土とはどのようにつながっていたのでしょうか。その関連性を知りたいと考え、ある浄土真宗の碩学が唯識に注目して持論を展開しておられる文章に当たってみました。浄土真宗の親鸞さまのお名前の「親」の字は「世親」からきていますので、浄土教と唯識の関連性については浄土真宗の学者さん方の方が関心を持たれているようなのです。ただ、その著書では、「法蔵菩薩はアーラヤ識である」と述べたり、あるいは浄土真宗の信心獲得を唯識の修行段階になぞらえたり、と浄土教の用語を唯識の議論に「横から」当てはめているような印象があって、私には今ひとつピンときませんでした。
 むしろ世親はストレートに、現実世界と同等のリアリティーをもつ極楽浄土を考えていたのではないか——アーラヤ識が現実世界として展開しているのとは裏返しになりますが、イメージの力で極楽浄土を現出させ、それをアーラヤ識に浸透(薫習)させてゆくことを考えていたのではないか、と私には想像されるのです。

 これと関連しますが、チベット仏教の一派では、睡眠中に見る夢をある程度コントロールしたり、あるいは明瞭なイメージを心に描き、集中力を使って別の人の心に同じイメージを映し出す、というような(いささか超能力めいた)修行を行なう、と聞いたことがあります。自分の意識や心の現象の奥深くを探求し、コントロールしてゆくというのが重要な修行徳目になっているのでしょう。
 浄土教に関連させて言い換えると、仏教徒にとっての理想世界である極楽浄土をイメージの力によって創り出し、次にその世界に自分の意識をうつしてゆく、この修行を続けることによって理想世界のイメージを徐々にアーラヤ識に浸透させてゆく…これがヨーガの修行のひとつだったと思われます。

「極楽浄土は実在するのですか?」
 これは誰もが抱く疑問ですが、唯識の立場からはこの問い自体が揺らいできます。なぜなら、唯識派のヨーガ修行者は、
「あなたは『極楽浄土は実在しないのではないか』と思っていますね。それは、(私たちのこの世界は確かに実在するが…)という先入観を前提として生まれた問いではありませんか? では、この世界は本当に実在するのですか? ただの心の投影ではありませんか? あなたの心が映し出している世界と、私の心が映し出している世界はまったく違うかもしれませんよ。」
と問い返してくるでしょうから。西方極楽世界、というと「大乗仏教徒が創造した架空の世界」と思っている方も多いと思いますが、唯識の考え方や修行を経由すると、その架空性・非実在性がにわかに揺らいでくるというわけです。
 さて、ヨーガ修行としてイメージの力によって極楽世界を創造し(繰り返しますが、それはこの現実世界と同等のリアリティーをもちます)、その世界に意識をうつしてゆくという修行が実際に行われていたとしましょう。この修行を行なうためにはよほどの集中力や想像力、また芸術家や建築家のようなイメージ力が必要です。また何年にもわたる厳密な訓練が必要になることでしょう。おそらく世親のような天才、あるいはごく限られた一部の人々にしかできないに違いありません。

 それでは、イメージ力をもって極楽浄土を創造してゆくのではなく、アーラヤ識の外部にすでに現実の極楽浄土が存在するとしたらどうでしょうか。これはあながちおかしな話ではありません。なぜなら、アーラヤ識は私たちの心の母体、煩悩の源泉、酔生夢死の舞台ともいえるからです。そこから目覚めたのが仏の世界です。極楽浄土は仏の世界ですから、アーラヤ識の外にあり、身体の生命が尽きるときにはこのアーラヤ識自体が極楽浄土に往生する——このように考えられるのではないでしょうか。アーラヤ識自体は私たちの夢世界、迷いの世界の源泉であるわけですが、この源泉(「たましい」と呼んでもよいかもしれません)が往生の主体となって極楽浄土にすくい取られ、やがては覚りの境地に導かれ成仏する(自身の空性を覚る)のではないかと思うのです。
 この、アーラヤ識の外なる極楽浄土に導いて頂ける手段が称名念仏というわけです。われわれが考えつく修行法はすべてアーラヤ識=心の中から生まれ、その影響の中で取り組まれるものなので、アーラヤ識自体の外に出るためには外側からの助力を借りる必要があります。それが「他力」というわけです。経典を調べながらこれに気づいたのが中国の善導大師、法然、親鸞といった偉大な方々です。イメージ力で生み出す極楽浄土とは異なる、外なる極楽浄土からの「他力」です。

 果たして他力念仏によって本当に極楽浄土に導かれるのか、さらには覚りに至ることができるのでしょうか。それは今の私たちにはどうにも確認のしようがありません。(臨終の時には分かるかもしれませんが。)ただただ経典や先師の教えを信頼し、「必ず極楽浄土に導いて頂ける」と思って念仏を続けるより他はないのではないでしょうか——
 このようなことを思いながら、『一枚起請文』のような法然上人のお言葉を拝読していると、心を超えた彼方の世界、極楽浄土からの呼び声が聞こえてくるような気がします。◆


2018.06.03お釈迦さまの説かれた四諦・八正道・十二因縁

 前回のコラムに書きましたように、お釈迦さまのお覚りはおそらくは一瞬の間のできごとだったに違いありません。このお覚りの光明の中から、お釈迦さまは少しずつ教えの言葉を紡ぎ出してゆかれます。
 覚者のまなこから他の人々の状態(以前のご自分も含めて)を観察されると、人々が暗闇の谷底で苦しみ喘いでいるように見えたことでしょう。その状態から彼らを救い出し、ご自身が体験している光明の世界に何とかして導くことができないだろうか——これが、お釈迦さまが教えを説き始められた動機でした。
 根本の教えはこのようなものです。
「私たち(お釈迦さまからご覧になれば「あなた方」です)凡夫の人生は苦しみに満ちている。」
「その苦しみはどこから来るかというと、私たちが自分が欲する対象を得られないからである。」
 欲する対象とは、たとえば「もの」であったり「愛」、「性的対象」であったり、「健康」、「若さ」、「美貌」、「自分に合った仕事」、「住宅環境」、「境遇」、「待遇」、なんらかの「技術」、「他人からの賞賛、承認」、「良好な人間関係」、「あるいは広く「生きる意味」、「学び、働く意味」などかもしれません。またすでに失われたものをもう一度手にしたい、という願いもあることでしょう。豊かさに恵まれた現代においては、「ずっとこの幸せが続きますように」という欲求をもつ人も多いと思います。
 これらの、欲する対象を中々得られない、あるいはすでに持っているものをやがては失ってしまうという現実が私たちを苦しめます。ではどうすればよいのでしょう。お釈迦さまの教えは、「なんとかして欲しいものを手に入れる方法を探しなさい」「持っているものを失わないように工夫しなさい」というものではありませんでした。「それらを欲する主体、つまり自分自身を疑いなさい」というものでした。
 お釈迦さまが覚りをひらかれたときには、まさにこの主体、お釈迦さまご自身の存在の土台が爆発し、粉々になっていわば宇宙全体に広がってしまったのでした。その結果が涅槃—光明と至福、そして静寂の世界です。

 お釈迦さまはやってくる人々に対して、一人一人それぞれを個人的に導かれたことでしょう。そしてまた一方で、「心を清めなさい」「執着を手放しなさい」という一般的な、誰にでも共通する教えも説かれました。やがてそれが定式化され、「四諦(したい)」、「八正道(はっしょうどう)」、「十二支縁起または十二因縁(じゅうにし えんぎ)(じゅうに いんねん)」といわれる教えにまとめられます。

「四諦」とは、平たく申しますと、
‣ 人生は、欲するものを得られない苦しみに満ちています。
‣ 苦しみの原因は、欲するものを手に入れる方法が見つからないからではなく、そもそもそれらを欲する主体である自分自身の執着心・渇愛にあるのです。
‣ 修行を通じてこれを覚りなさい。
‣ それによって光明・至福・静寂の世界がひらけてきます。
というものです。さきほど述べたとおりです。
「八正道」とは、この修行の道を八つにまとめて述べたものです。これらも平たく申しますと、
「自分の心を静かに保ち、自分の内面世界と外側の世界を正しく観察しなさい」ということです。そうすれば自分の執着心や渇愛がはっきりと見えてきて、それに溺れるのではなく「そこから離れよ」というお釈迦さまの教えをより深く理解することができるわけです。
 この八正道が修行の基本となるわけですが、今日的に見るといささか抽象的な印象も受けます。「正しい道」といっても何が正しくて何が間違っているのか、初心者にはよく分かりません。「般若心経を写経しなさい」とか「お念仏を五百回称えなさい」というような具体的な指示ではありませんから…。
 仏教はのちに様々な宗派に分かれ、それぞれが各々の「正しい道」について具体的な心理分析法や修行法を開発してゆくことになります。

 さて、「四諦」「八正道」のあらましは以上のとおりです。問題は十二支縁起(十二因縁)です。様々な解説がありますが、それらを読んでも「何のことやら、よく分からん」という方が多いのではないでしょうか。これも平たくご説明します。
 十二支縁起(十二因縁)とは、わたしたちの心の中に、執着心や渇愛が自然に形成され、やがて苦しみにつながってゆくプロセスを説明するものです。
 それは以下の十二段階です。

‣ 私たちの意識は、真っ暗な空間の中で初めて目覚めます。
‣ 意識が目覚めると、それはまず周囲に注意を向けます。暗闇の中で手を伸ばして何かに触れようとします。それはつまり、自分自身の生命の枝を周りに伸ばしてゆくということでもあります。
‣ 触れたもの、あるいは眼が開いて見えたものを「これは何だろう」「これはお母さんの手だ」「これはお母さんのおっぱいだ」という風に自分自身で識別してゆきます。
‣ 識別が次第に進んで、「ママ」「パパ」と言葉を覚えるようになると、言葉と識別がむすびついて認識がさらに多様になってきます。
‣ 自分の身体に意識が向くようになり、目や耳などの感覚の入り口に気づくようになります。「これは私の目だ」、「これは私の耳だ」という感覚が育ちます。
‣ それらの感覚の入り口が外側の世界と接します。単なる意識から「自」意識が発達してゆきます。
‣ 外側の世界から「『私』の目」「『私』の耳」などの入り口を通じていろいろな情報やあるいは快感、不快感を受け取ります。
‣ その中で「私はこれが欲しい」「私はこれは欲しくない」という感覚が育ちます。
‣ やがて活動範囲が広がってくると、「私の欲しいものを手に入れる」という経験を重ねてゆきます。
‣ 「欲しいものが確かにそこにある」あるいは「外界にそれらのものが実在している」という体験を重ねるうちに、「それらを欲する『私』も確かにここにいる」という感覚が育ってゆきます。
‣ 「『私』がここにいる」のが確かであるとすれば、「『私』はあるとき(誕生日に)この世界に生まれてきた」ということも確かであるに違いない、と思います。
‣ その『私』がやがて老い、いつの日か死んで無になる—それは何と恐ろしく苦しいことだろう、と心の底から思うようになります。

 平たく述べたつもりですが、十二項目ありますので少し長くなりました。要するに、私たちの苦しみの元である執着心や渇愛はたいへん根深いものであり、この世に生まれ落ちたときからその萌芽を発している、というのがポイントかと思います。(前生からそれは始まり今生を経て来生へと続いてゆく、という十二因縁の解釈もあります。)
 この説明は、現代風にいえば「自己執着過程の心理分析」というようなことになりましょうか。お釈迦さまの洞察力の深さに驚かされます。
 いずれにしましても、「私」「自己執着心」「渇愛」を自明のものとして私たちは自分の人生を組み立てている、その「私」という土台自体が苦しみを生む元となっている、修行を通じてこの「私」という土台=幻想(?)に取り組みましょう、というのが「四諦」「八正道」「十二因縁」の教えといえます。
 では果たしてこの「私」「自己執着心」「渇愛」を実際に乗り越えることができるのでしょうか?
 ここから、いかにそれらを乗り越えてゆけば良いのか、その方法論をめぐって仏教の歴史や、浄土教を含む多くの仏教宗派が展開してゆくことになります。◆


2018.05.02お釈迦さまのものがたり

 あるときお釈迦さまは、ご自分の過去のことやご自身が覚りをひらかれるにいたった経緯についてお話になられました。

 しばしの沈黙のあと、お釈迦さまは静かにお話を始められました。

「出家する前のわたしは、たいへんに恵まれた豊かな生活を送っていた。
 わたしの生まれた城には大きな蓮池があり、池の中のあるところには青い蓮、あるところには赤い蓮、またあるところには白い蓮が咲いていた。これらの蓮はいずれも、わたしのために植えられたものであった。
 また、わたしのために上等のお香が焚かれ、着るものと言えば上着から下着に至るまで高価な絹で織られていた。外に出かける時には、暑さや寒さを防ぎ、ほこりや蔓草が身体に触れぬように、いつも白い大きな傘がさしかけられていた。

 わたしのために三つの宮殿があった。普段暮らす建物の他に、一つは夏の暑い時期を過ごす為に、もう一つは雨期をしのぐために造られていた。雨期に当る四ヶ月の間は、この宮殿の中で女たちの歌や踊りに囲まれて暮らし、決して表に出かける事はなかった。

 また、よその家では召使いには糠(ぬか)に塩粥(しおがゆ)を混ぜて出していたが、わたしのところでは召使いにも米と肉が出されていた。
 わたしはこのように、とても豊かで恵まれた生活を送っていたのだ。

 あるときわたしは、出かけるつもりで御者を呼んだ。
 馬車に乗り、宮殿の東の門を出てしばらく行くと、独りの老人に出会った。あなたがたは驚くだろうが、わたしは老人を見るのは初めてだった。わたしの父は、わたしの周りに若い男女、せいぜい中年の人間だけを置いていたのだ。
 その老人は老い朽ちて歯が抜け、髪は真っ白であった。肌には皺がより、身体は前屈みで、手に杖を持ち、わななきふるえていた。
 わたしは御者に尋ねた。
「この人はどういう人だ。なぜ腰が曲がっている。なぜ髪が真っ白なのだ。」
 御者は答えた。
「若き王子よ。この人は老人です。人は年を取ると、誰でもあのようになるのです。」
「わたしもやがて年を取ると、あのようになるのだろうか。」
「そうです。私は実は、このようなことを王子に言ってはならぬ、と命じられています。しかし、王子に嘘をつくことはできません。あなたもやがて、あの老人のようになるのです。」

 宮殿の南の門を出たときには、病人に出会った。その人は独りで起き上がる事ができず、周りの人たちの助けを借りて、やっと生きているようすであった。わたしは御者に尋ねた。
「この人はどうしたのだ。眠っているわけでもないのに、なぜ立って歩こうとしないのだ。」
「王子よ、この人は病にかかっているのです。人の身体は、ずっと健やかでいるわけではないのです。」
「わたしもいつか、あのようになるのだろうか。」
「その通りです。王子よ。いつかはあのように、ご自分独りの力では起き上がれなくなるときが来るのです。」

 そして西の門を出たときには、死んだ人が運ばれてゆくのに出会った。
「あの人はどうして動かないのだ。身体が固まっているように見える。あの人には何が起こったのだ。これからどこへ運ばれて行くのか。」
「王子よ、あの人は死んでいます。もう目を開く事はありません。話すこともなく、身体を動かす事もありません。これから川岸に運ばれ、そこで焼かれて灰になるのです。」
「わたしもやがて、あのように死を迎え、灰になるというのか。」
「そうです。死をまぬがれることができる人は、一人としておりません。王子も例外ではないのです。」

 城に戻ったわたしは、すっかり考え込んでしまった。わたしにもやがて老いが訪れる。病にかかり、いつかは死を迎える。もしそうであるならば、この裕福で恵まれた生活が何だというのか。今は豊かな黒い髪をもち、活力にあふれているが、それが一体何だというのか。人々はわたしの周りに集まり、微笑みを投げかけてくれる。だが、それが一体何だというのか。

 ある日わたしたちは、北の門を出た。そこで、一人の修行者が歩いているのに出会った。
「あの人はどういう人だ。なぜ黄土色の衣を着ているのだ。なぜ髪や髭を剃っている。あの人には他の人々とは違う何かがある。それをわたしは感じる。あの人はどういう素性の人だろうか。」
「王子よ。あの人もまた、病や死が避けがたいことである、と気づいたのです。そして、死を超えたものを求めて、出家したのです。あの人は、人生が虚しい死で終わるものではない、という確信を得る為に、修行を続けているのです。」
「修行とやらを続けると、死を超えるものに出会えるのか。」
「それは分かりませぬ。しかし王子よ、あの修行者の中には、他の人々とは違う何かがある。ということは、少なくとも道の半ばにまでは、進んでいるのかもしれません。」
「なぜ、他の人々はそうしないのか。あの人のように、早く修行の道に入るべきではないのか。」
「若き王子よ。多くの人々は目の前のことで精一杯なのです。日々の糧を得て、家族の世話をする事に追われているのです。どうして彼らを責めることなどできましょう。」

 この日を境に、世界がすっかり変わってしまった。もはや、それまでのわたしではいられなくなってしまった。それまでの豊かで恵まれた人生は全く意味を失ってしまった。わたしもあの修行者のように出家して、老いや、病や、死を超える境地に入りたい-このように強く憧れるようになったのだ。

 だが、わたしには王子としての務めがあった。月日が流れ、妃を娶りひとり息子を設けると、ようやくその時期がやってきた。密かに城を出て、高価な着物や耳飾りなどを外し、修行の道へと入って行った。当時名高い指導者であった先生方について学び、修行を積んだ。だが結局のところ、目的は果たせなかった。数年ののちに、こう考えざるを得なかった。
「もう、ここから先は一人で進まなければならない。先生方に頼ることはできない。自分自身でそれを体験しなければならない。」
 そして、独り森の中へ入って行った。
激しい断食をして、身体を衰えさせた。それによって純粋な澄み切った心を得ようとしたのだ。手足はやせ細り、尻からは肉が落ち、お腹の皮が背骨に触れるほどになった。だがそのような苦行を続けても、頭がもうろうとしてくるばかりで、純粋な心は現れてこなかった。わたしは終にあきらめ、苦行を捨てることにした。栄養のある食べものを求めて、托鉢に出かけた。
 そのときスジャーターという名の娘が、乳粥を供養してくれた。それを食べたわたしは、体力を回復した。
「今こそ正しく瞑想できる。」
 わたしは静かに坐り、これまでのことを振り返った。

「わたしは一体、何を求めていたのであろう。必死の思いで道を求め、求めに求めて努力を積み重ねて来た。だが結局のところ、どこにも行き着かなかった。
 力ずくで何かを成し遂げようとしても、決して解決には至らない。そのことがよく分かった。
 今わたしは、一本の樹の下に草を敷き詰めて坐っている。わたしは敗北を認めよう。自分にできる精一杯の努力をしたが、完全に失敗した。すべては終わったのだ。
 王子としての生活を捨てたことが間違っていたのだろうか。いや、そうではない。この道に進むほかはなかった。この選択は誤ってはいなかった。だが、出家しても結局、望むものは得られなかった。失敗に終わった。すべては終わったのだ。もうどこにも行くところはない。」

 わたしはこのように思った。そして、「すべては終わった」-このことをいったん受け入れると、次第に心の雑音が消えて行った。時の流れとともに、心は静かに、さらに静かになっていった。そしてまさにその夜、それは起こった。
 東の空に明けの明星を仰いだ刹那のことだ。わたしの心の底に突然、大音響とともにまばゆい光が大きく広がった。その光はすべての疑問や不安、恐れを飲み込んで行った。幸せも不幸も、希望も絶望もあらゆるものをすべて飲み込んでいったのだ。
 わたしはまったく言葉を失い、ただただそのまばゆい光に圧倒されていた。
 しばらく経つとこのように思った。ここが頂上だ。これ以上なされるべきことは何もなく、どこか行くべきところもなかった。眼を閉じて心の内を観ると、そこには巨大な宇宙があり、あらゆるものが-大きな星から小さな塵に至るまで、お互いに関わり合いながらゆっくりと動き、流れていた。眼を開いて外の世界を観ると、そこにもまた、巨大な宇宙があった。大きな星から小さな塵に至るまで、あらゆるものがゆっくりと動き、お互いに関わり合いながら流れていた。
 自分、という概念、「わたし」という言葉が意味をなさなくなった。確かにこの肉体はここにあるが、あたかも他人の肉体のようであった。
 わたしは独りで途方も無い場所に来てしまったことに気づいていた。このまま、どこかへ消えてしまうのであろうか。ふとそんな思いもよぎった。

 数日の間、この言葉を超えた圧倒的で、しかも静けさと悦びに満ちた世界を味わった。そののち、わたしはこのように考えた。
「わたしはもはや、以前のわたしではない。かつて関わりをもった人たちと、再び関わり合うことができるだろうか。話をして意志を通じ合うことができるだろうか。」
 わたしは逡巡の末、かつて修行を共にした仲間のところに行き、この体験を語ってみようと決心したのだ。
 それからのわたしは、「人々とともに生きる」ということを自分の務めとした。人々の悩みや苦しみに、この光を当てる。すると、進むべき道が見えてくる。それをただ、分かち合う。それがわたしにとっても無上の悦びとなっていった。

 このように話されると、お釈迦さまは再び沈黙の中に還ってゆかれました。
 修行者たちは各々、心の奥深くにこのお話を受け取ったようでした。

 お釈迦さまは、かすかに微笑みを湛えながら目を閉じ、深い瞑想に入っておられます。弟子たちも同じように瞑想に入ります。時間が止まり、針が落ちてもその音が響き渡るほどの沈黙が流れました。
 やがてお釈迦さまはゆっくりと眼を開いて座を立たれました。弟子たちも気配を感じ、眼を開いて深々と礼拝をいたします。一部の弟子は、深い瞑想に入ったままでした。◆


2018.04.01よく頂くご質問〈下〉

前回に引き続き、皆さまから頂いたご質問に、私自身の解釈も交えながらお答えいたします。
今回のご質問は下記の7件です。

  • 浄土宗に関して自分のやり方・考え方・方向性に自信がないときは。
  • 念仏は一日何回称えればよいのですか。
  • 瞑想など、他の修行を行なってはいけませんか。
  • 正式な浄土宗僧侶になるためにはどうすれば良いでしょうか。
  • 僧侶になるのは無理としても、この教えを他の人に伝えたいのですが。
  • 病気平癒、受験合格、仕事の発展などを祈ってはいけませんか。
  • キリスト教の神と、阿弥陀仏の違いはどういうところですか。

問:浄土宗に関して自分のやり方・考え方・方向性に自信がないときは。
答:
 法然上人のご法語を学んでいただければ、たいていのことは教えて下さいます。今後当サイトでもこれらをご紹介して参ります。または直接私に質問・相談して下さい。メールでも大丈夫です。

問:念仏は一日何回称えればよいのですか。
答:
 法然上人は、「ただ一回の念仏でも往生できると信じて、一生のあいだ念仏を称え続けなさい」と言われています。また「数が少ないから往生できない、と思ってはならない」と言われる一方で、「数は多いほど良い」とも言われています。
 本来は一日何回、と決めるのが一番良いのですが、現代の多忙な生活の中で回数を定めると、人によっては達成志向、自力志向の念仏になってしまいます。「今日はできた」「できない」に囚われて心が窮屈になり、緊張するかもしれません。むしろ心が広がるような念仏、喜びに満ちた念仏、阿弥陀仏にすべてを委ねられるような念仏が称えられるように、各自のやり方を工夫するのが良いでしょう。

問:瞑想など、他の修行を行なってはいけませんか。
答:
 いったんお念仏の道に入られたのであれば、心がしっかりと定まるまでは他の修行に心を向けるべきではありません。二兎を追う者は一兎をも得ず、です。しかしひとたびお念仏に心が定まれば、お念仏を助けるものとして(心身のリラックスや洞察をより深めるために)瞑想などを行っても構いません。浄土宗の高僧の中には、藤吉慈海師のように「禅浄双修(坐禅と念仏を共に修める)」を説かれた方もいます。

問:正式な浄土宗僧侶になるためにはどうすれば良いでしょうか。
答:
 当サイトでも案内していますが、師僧になってくれる方を見つけて、弟子入りするところから始めます。浄土宗寺院の数は限られており、また日本の伝統仏教の他の宗派と同様、ほとんどの寺院が世襲です。寺院関係者でない方が僧侶になるケースは日本国内でも多くはないのです。また現状は日本語を通じた養成システムしかありませんので、日本語ができない方はまず言語の習得が前提となります。

問:僧侶になるのは無理としても、この教えを他の人に伝えたいのですが。
答:
 法然上人の教えを他の人に伝えるために、必ずしも浄土宗僧侶の資格が必要というわけではありません。あなたご自身の中で「布教したい」という志が育てば伝道も可能です。謙虚な学びの姿勢と、地道な実践の積み重ねによって、大きな力を発揮して頂くこともできると思います。しかし独りよがりにならぬよう、専門家の指導を受けながら活動するのが宜しいでしょう。
 この教えを世界に広めるために、あなたの力を是非活かして下さい。

問:病気平癒、受験合格、仕事の発展などを祈ってはいけませんか。
答:
「仏さまの眼からご覧になって、正しい方向に導いて下さいますように」という祈りであれば構いません。しかし、いわゆる現世利益を求める-自分本位の願いを仏力を利用して叶えようとすることは仏教ではありません。

問:キリスト教の神と、阿弥陀仏の違いはどういうところですか。
答: 第一に、阿弥陀仏は万物の創造者ではありません。一人の人間(菩薩)が発願・修行を経て成道された覚者です。釈尊と同じです。
 第二に、阿弥陀仏は唯一の救い主ではありません。無数の仏たちの中のお一人に過ぎません。極楽世界も無数の仏国土の中の一つ。ではなぜその中の阿弥陀仏・極楽世界を特別に信仰するかというと、法然上人は、
「諸仏の中で特に阿弥陀仏を選んで帰依するのは、わずか3回の念仏、5回の念仏でもすくい取って下さるからである。」
「多くの仏国土の中で、阿弥陀仏の極楽浄土への往生を願うのは、どんなに重い罪を犯した者でも念仏によってそこに往生できるからである。」
 このように言われています。
 しかし、極楽往生ではなく他の道を歩んで覚りに至ろうとする方々がいても、それを否定することはありません。「唯一の神」「唯一の真実」という考え方はないのです
 第三に、生まれ変わり死に変わりの輪廻転生から解脱する、というのが仏教の理想です。その解脱に導いて下さるのが阿弥陀仏。私たちは覚りを得たのち、人々を救うためにこの世に戻ってくることもできます。神によって与えられたただ一度の人生が終わり、時来たれば神の裁きによって天国・地獄への行き先が決まり永遠にそこで暮らす、というキリスト教的他界観とは大分異なっています。

 一仏だけに帰依し信仰によって死後の救いを頂く、という大凡のところが似ているので、キリスト教と浄土教には共通点も多いのです。しかし、上に見たような根本的な違いがあるわけです。◆


2018.03.04よく頂くご質問〈上〉

 前回のコラムではいくつかの問いを立てて、法然上人のお考えを伺いました。
 今回と次回では、皆さまから頂いたご質問に、私自身の解釈も交えながらお答えいたします。
 ご質問は下記の11項目です。(今月は初めの4項目を扱います)

  • 西方極楽浄土や阿弥陀仏は実在するのですか。
  • 浄土宗と浄土真宗はどう違うのですか。
  • 浄土宗の実践とはどのようなものでしょうか。
  • 浄土宗寺院の正式なメンバーになる必要はありますか。
  • 浄土宗に関して自分のやり方・考え方・方向性に自信がないときは。
  • 念仏は一日何回称えればよいのですか。
  • 瞑想など、他の修行を行なってはいけませんか。
  • 正式な浄土宗僧侶になるためにはどうすれば良いでしょうか。
  • 僧侶になるのは無理としても、この教えを他の人に伝えたいのですが。
  • 病気平癒、受験合格、仕事の発展などを祈ってはいけませんか。
  • キリスト教の神と、阿弥陀仏の違いはどういうところですか。

問:西方極楽浄土や阿弥陀仏は実在するのですか。
答:
 浄土宗では「実在する」と考えます。(善導大師、法然上人のお考えにしたがいます)
 極楽浄土や阿弥陀仏は、自分の心の中に想像する場所や仏ではありません。自分の心の外側に実在する、と考えます。しかし、宇宙空間の調査が進めばやがてお浄土や阿弥陀さまを発見することができますよ、というわけでは無論ありません。では、どういうことなのでしょうか。
 お釈迦さまは、お覚りを開かれたのちに、逡巡の末「人々をこの覚りの世界、涅槃に導こう」と立ち上がられました。この「人々を覚りに導こう」というご決断から仏教が始まったわけです。浄土宗でいう「他力」も正にここに通じています。自分の外側からお導きの力(他力)がはたらく-それはお釈迦さまの存在やそのご決断が、私たちの外側から私たちを導いて下さっているのと同様です。この他力に自分自身のちっぽけな存在を委ねよう、というのが浄土宗です。
「西方」というのも単なる地理的方角ではなく、それを含んだ象徴としての方向性(日没の方向であり、私たちが進んでゆく方向、進むべき方向)を示していると思われます。
 ですから、「お釈迦さまが体験された『覚りの世界』は確かに実在する」「その世界に私たちも導いていただける」、このことへの信頼があった上で、西方極楽浄土や阿弥陀仏の実在を感じることができる-私はこのように考えています。

問:浄土宗と浄土真宗はどう違うのですか。
答:
 浄土宗の宗祖は法然上人(1133年-1212年)です。法然上人にはたくさんのお弟子がおられました。その中の聖光房弁長(しょうこうぼう べんちょう)という方の流れが現在の浄土宗です。対して浄土真宗は、同じく法然上人のお弟子の内、親鸞聖人の流れ。源流は一つですが教団としては別々に展開してきました。(他の門流もあります)
 浄土宗と浄土真宗では、教義やお勤め、供養に対する考え方などが微妙に違います。親鸞聖人は、師である法然上人の教えを忠実に継承しているという自覚をはっきりとお持ちでしたので、別の宗派を興そうとは考えておられませんでした。阿弥陀仏の救済力(本願力)を信じてお念仏-なむあみだぶつをお称えする、という基本は同じです。
 法然上人はお釈迦さまのように、相手に応じて教えを説かれました。ある方には、
「初めから深い信仰を持つのは難しいから、とにかくお念仏を称えなさい。信仰心はそのうちに育ってくるでしょう。」
 と説き、別の場合には、
「信仰が第一です。信心のない念仏では往生できません。」
 と言われました。
 浄土宗の姿勢はどちらかといえば前者、実践重視です。浄土真宗は信心第一、お念仏は信心が定まったのちに感謝の心から称えられるもの、と説きます。
 また学ぶ内容も、浄土宗では法然上人のご生涯や、法然上人が説かれたものが中心になります。浄土真宗は親鸞聖人が説かれたものを中心に学びます。それぞれ少し学んでみると、ニュアンスの違いを感じ取ることができるでしょう。
 お勤めも違います。浄土三部経という基本の経典は浄土宗・浄土真宗ともに読みます。しかしそれ以外の部分では、浄土宗では善導大師、法然上人の書かれたものが中心で、親鸞聖人のものは読みません。浄土真宗では親鸞聖人、蓮如上人が中心になります。お念仏のとなえ方も若干違います。
 供養について申しますと、浄土真宗ではそもそも「先祖供養」という概念がありません。私たちの側で善根を積んでその功徳をご先祖に回向する、というのは自力の行いであって、阿弥陀仏(の本願力)への信心があればそれは不要、とみなされます。こちらで自力の善根を積まずとも、ご先祖はすでに救われている、というわけです。浄土宗ではそこまではいきません。先祖供養・回向を行います。法然上人の教えの中にも、先祖供養について「回向すべし」と説かれているところがあります。

問:浄土宗の実践とはどのようなものでしょうか。
答:
 実践の中心は称名念仏。「なむあみだぶ」または「なむあみだぶつ」と声に出して称えます。
 本来はそれだけで十分なのですが、念仏だけというと簡単なようでかえって続かないものです。そこで仏壇を具えたり、日々おつとめを行うことによって念仏生活を支えます。
 法然上人が師と仰ぐ善導大師は、お念仏を助ける4つの修行を説きました。

  1. 浄土の教えに関するお経(浄土三部経)を読誦する。
  2. 浄土の光景や阿弥陀仏のお姿を観察する。(心に思い描く)
  3. 阿弥陀仏を礼拝する。
  4. 阿弥陀仏の功徳をたたえ、香・華・灯明などを捧げて供養する。
 この4つです。これらはお念仏とともに日々の「おつとめ」の中にすべて含まれています。一日二回(朝夕)、あるいは一回お仏壇の前でおつとめを行ない、他の時間は思い起こしたときにできるだけ念仏を称えます。

問:浄土宗寺院の正式なメンバーになる必要はありますか。
答:
絶対に必要というわけではありません。法然上人は「念仏の声するところはすべてわが遺跡である」と仰っています。ご自宅の仏壇の前で念仏を称えれば、そこが小さな寺院となるのです。こうして私がインターネットを通じて浄土宗の教えをご紹介するのは、皆さんがふだんの生活の中でお念仏に励むことができるように、という目的からです。
 もし寺院の正式なメンバーとなってお寺を支えたい、相談にのってもらいたい、あるいはお寺の行事に参加したい、葬儀や法事を行なってもらいたい、という場合は別です。(菩提寺がない場合は)お近くの浄土宗寺院にご相談下さい。◆

〈この項つづく〉

2018.02.01法然上人の浄土の教え(2)

 昨年9月のコラムでは、法然上人の『一枚起請文』を取り上げました。今回はその続きとして、いくつかの問いを設けて上人のお答えを伺ってみましょう。

<最初の問い>

-私は本当に未熟な人間です。私のような者でも仏道を歩むことができるのでしょうか。

「このごろの我らは、智慧の眼(まなこ)しい、行法の足萎(な)えたる輩(ともがら)なり。聖道難行の険しき道には、惣じて望みを断つべし。ただ弥陀の本願の船に乗りて生死の海を渡り、極楽の岸に着くべきなり。」


(釈尊の時代からはるかに下った今の時代に生きるわたしたちは、たとえ表面的な知識をもっていたとしても深い洞察力に欠けている。厳しい修行に耐える肉体をもっているわけでもない。これはあなた一人に限ったことではない。ゆえに、学問や修行によって自分を高め、覚りにいたろうとする道はすべて諦めた方がよい。あなたが歩むことができる道、また歩むべき道は、ただ阿弥陀仏の本願の船に乗り、生死輪廻の海をわたって極楽浄土の岸にたどり着くことである。極楽浄土では必ず覚りを開くことができる。)

<二番目の問い>

-勉学、坐禅、巡礼、祈祷など色々な修行法がありますが、どのように取り組めば良いのでしょうか。

「智者のふるまいをせずしてただ一向に念仏すべし。」


(「自分は仏教を正しく理解している」「仏教の正しい修行を積んでいる」という考えをすべて捨てなさい。ただ一向に念仏するがよい。)

<三番目の問い>

-念仏は法然上人が考えられた修行法ですか。

「諸行の中に念仏を用うるは、かの仏の本願なるゆえなり。」


(そうではない。諸々の修行があるなかでただ念仏を称えなさいというのは、阿弥陀仏が「わが名を呼びなさい。南無阿弥陀仏と称えなさい。そうすれば必ずわが極楽浄土に救いとろう」と約束して下さっているからだ。念仏は、わたしが考え出した修行法ではなく、阿弥陀仏によって定められた行なのだ。)

<四番目の問い>

-病気で悩んでいます。信仰によって救われるでしょうか。

「祈るによりて病も止み、命も延ぶる事あらば、誰かは一人として病み、死ぬる人あらん。況やまた、仏の御力は、念仏を信ずる者をば、転重軽受(てんじゅうきょうじゅ)と云いて、宿業限りありて重く受くべき病を軽く受けさせ給う。況や非業を払い給わんこと、ましまさざらんや。」


(もし神仏に祈ることによって病気が治り、延命できるのであれば、誰が病気で苦しむことがあろうか。誰が命を落とすことがあろうか。だがそのようなことはあり得ない。誰もが病み、いつかは死ぬというのが命あるものの定めであり、釈尊の教えるところである。  阿弥陀仏の本願力は、煩悩の只中にあるわれわれを極楽浄土に導いて下さるほどの偉大な力である。もしあなたが病に苦しんでいるならば、「阿弥陀仏の力のおかげで、本来ならもっと重く受けなければならない病を、このように軽くして下さっているのだ」と考えなさい。まして受けるいわれのない不幸から仏がわれわれを守って下さらないことがあろうか。このように受け止めて念仏しなさい。)

<五番目の問い>

-私は死を恐れています。どうすれば良いでしょうか。

「まめやかに往生の志ありて、弥陀の本願を疑わずして、念仏申さん人は、臨終のわろき事は、大方は候うまじきなり。  ただの時によくよく申しおきたる念仏によりて、臨終に必ず仏は来迎し給うべし。仏の来迎し給うを見たてまつりて、行者、正念に住す。」


(心から浄土往生を願い、阿弥陀仏の本願を疑うことなく念仏を称える人は、不幸な臨終を迎えることはあり得ない。なぜならば、ふだんよくよく称えている念仏によって、臨終のときに必ず阿弥陀仏が迎えに来て下さるからだ。仏のお姿を拝することによって、臨終時でも心を正しく保つことができるのだ。だから、安心して念仏しなさい。)

<六番目の問い>

-亡くなった人にもう一度会いたいのです。会えるでしょうか。

「会者定離(えしゃじょうり)は常の習い、今始めたるにあらず。何ぞ深く嘆かんや。宿縁空しからずば同一蓮に坐せん。浄土の再会、甚だ近きにあり。今の別れは暫くの悲しみ、春の夜の夢のごとし。」


(出会いがあれば必ず別離がある、というのがこの世の定めである。これは今に始まったことではない。どうして深く嘆くことがあろうか。もし念仏の縁が確かなものであれば、極楽浄土の同じ蓮の台うてなに共に坐すことができよう。浄土での再会は甚だ近くのことだ。今の別離はしばしの間の悲しみ、春の夜の夢のごときもの。極楽浄土こそが、夢から覚めた真実の世界なのだ。)

<七番目の問い>

-亡くなった人が、苦しんだり迷ったりしていませんか。

「亡き人のために念仏を廻向し候えば、阿弥陀仏、光を放ちて地獄・餓鬼・畜生を照らし給い候えば、この三悪道に沈みて苦を受くる者、その苦しみ休まりて、命終わりて後、解脱すべきにて候。」


(すでに亡くなった人のために念仏を回向すれば、阿弥陀仏が光を放って地獄・餓鬼・畜生という苦しみの世界を照らして下さる。かりに亡くなった人がこうした苦しみの世界にいたとしても、阿弥陀仏の光を受けて苦しみが和らぎ、のちにはその世界を離れることができる。ゆえに、念仏を称えて回向して差し上げなさい。)

 浄土宗は、お念仏に始まりお念仏に終わる宗派です。法然上人はどうしてそのような教えを唱導されたのか。一歩奥に入ってみるとそれがお分かり頂けると思います。◆


2018.01.01明けましておめでとうございます

 旧年中の皆さまのご支援やお励ましに対し、心より感謝申し上げます。
 本年が、皆さまにとって実り多き年でありますよう祈念いたします。

 昨年は、長年の課題であったウェブサイトの英語ページの拡充を図ることができました。今回は、国際開教=英語による布教を思い立った経緯について書きましょう。

 今から20年近く前、私は都内港区にある浄土宗寺院に職員として勤めていました。やりがいも感じていましたが、自分の将来を考えて、ハワイ開教区に開教使として赴任することを展望していました。そこで勤務先の上司(住職)の許しと支援を頂いて一週間ほどハワイの開教区を見学させてもらったのです。ホノルル別院をはじめハワイ島4ヶ寺、マウイ島2ヶ寺を案内して頂き、当時赴任されていた開教使の皆さんのお話を伺うことができました。
 海外の浄土宗寺院を支えているのは、当初より日本人の海外移民、またその子孫である日系人の檀信徒の方々です。しかし、将来の発展のためには、ゆくゆくは日系人以外の方々に布教の対象を広げていかなければならないでしょう。共通の文化をもたないアメリカ人に対して教えを伝えることが、果たして自分にできるのか、言葉や理屈でもって念仏の教えを理解してもらうことができるのか——当時の私にはその自信がなく、考えた末、赴任を断念しました。
 その後、ご縁をいただいて東京多摩地区に新しい寺を構えることになり、みなさんに助けられながら20年が過ぎました。寺院活動をしながらも、ハワイでの経験から湧いてきた問いが常に頭のどこかにありました。「法然上人のお念仏の教えは、日本人あるいは日系人にしか理解できないものなのか?」

 そんな中ここ数年、少しずつ世の中の風向きが変わってきました。たとえば、「マインドフルネス」の流行。その最大の功労者はティク・ナット・ハン師というベトナム出身の禅僧で、師は禅の瞑想法を分かりやすい英語で世界の人々に伝えています。またチベット仏教も、ダライ・ラマ14世を通じて人気を集めています。仏教に関心を抱く人々が海外で着実に増えているのです。
 瞑想、マインドフルネスに関心が高まるのは喜ばしいことです。上座部仏教、密教を学ぶ人が増えるのも結構なこと。しかし、老・病・死の問題を解決できるのは、法然上人の教えしかない——そう私は考えます。
 アジアの各地にも浄土教があります。また欧米には浄土真宗本願寺派のお寺が多くあり、親鸞聖人についてはある程度知られています。しかしながら法然上人の説くお念仏は、台湾の浄土教とも、また同じ日本仏教である浄土真宗のお念仏とも少し違っているのです。究極の大乗仏教ともいえる法然上人の教え、それは歴史や文化の違いを超えた普遍的な価値を持っています。その価値は誰にでも理解することができるはずだ、今こそこの教えを広く世界に発信すべき時だ。そう思うようになりました。
 かといって自分で世界中を駆け回ることはできません。でも今日ではインターネットという強力な道具が味方をしてくれます。そこで、自分でも辞書を引き引き、また協力者も得て英語の記事の掲載を始めたのが夏。それから早くも欧米、アジア諸国を初め数十カ国の方々が閲覧して下さいました。直接メールを下さる方も現われ、中には熱心な念仏信者、法然上人の教えを深く学ばれている方もいて手応えを感じています。
 海外の念仏者と接点を持つことができれば、それがゆくゆくは国内の布教にもプラスの影響を与えてくれる、このようにも期待しています。
 私自身、新たに気づいたことがいくつかあります。一つは毎日のおつとめの大切さです。浄土宗義ではお念仏のおつとめ、すなわち心をこめて「南無阿弥陀仏」と称え続けることを最も大切にしています。しかし実際には、浄土宗のお経全体の中で、お念仏を称え続けるところは一部分だけなのです。それでは前後の読経を省いてお念仏だけを称えたらよいかというと必ずしもそうではありません。確かに「お念仏だけでよい」という教えなのですが、お念仏だけにするとこれがなかなか続きません。それが実際なのです。
 私ども浄土宗の僧侶でも、「日常勤行(にちじょうごんぎょう)」という、ひとまとまりのお経の中で念仏を称えているわけです。私どもの多くはいわば、そのひとまとまりの形式に支えられながら念仏を称えているのです。
 私がこれに気づいたのは、海外の念仏信者の方々がこの「日常勤行」にとても関心をもたれていると知ったからです。日々のおつとめがお念仏を支えてくれているということ、自分が自覚しないでいたことを海外の方々に教えられました。
 また、ネット通販によって浄土宗の数珠や輪袈裟が海外で入手できることも教わりました。TwitterやFacebookも、開教の目的のために始めることにしました。「浄土宗の寺院が近くにない」と悩まれている海外の方々とSNSを通じて日々つながることができるようになったのです。

 国際開教—これからも大いなる希望をもって取り組んでまいります。やがて多くの方々がこの教えを理解し、そこに救いを見出し、お念仏の中で生活して下さるであろうことを確信しながら…。◆


2017.11.02法然上人のこと

 法然上人は、日本浄土教を大成された浄土宗の宗祖です。また世界史的な視点から観ても稀有な位置を占める大宗教家です。

 宗教とは一体何でしょうか。
「わたしはこの高みに登った。永遠なるものを知った。あなた方も努力を重ねてここまで登ってきなさい。わたしがあなた方を正しく導こう。」
 これが宗教というものです。神の啓示に基づくものであれ、個人の自覚に基く教えであれ、宗教の基本構造はここにあります。
 しかし、法然上人はこの構造を土台からひっくり返します。
「わたしはあなた方と同じ場所にいます。高みではなく最低の場所、暗闇の中で手探りしながら生きているのです。だがこのわたしでさえ救って下さるのが阿弥陀仏、浄土の教えです。さあ、あなた方もわたしと一緒に救われて参りましょう。」
 これが法然上人の呼びかけです。このような宗教家は(私の知る限り)他におりません。

 さて、法然上人のプロフィールです。
 上人は美作(みまさか-現在の岡山県)出身の人。押領使という役職にあった漆間時国(うるまのときくに)の子で、幼名を勢至丸といいました。
 9歳のときに父が夜討ちに遭いますが、父の遺戒により仇討ちを断念し、仏門に入ります。
 13歳で比叡山に登ります。18歳のとき比叡山別所の黒谷に隠棲していた叡空上人を訪ねてその弟子となり、「法然坊源空」と名を改めました。その後長期にわたり研鑽を積み、43歳のときに善導大師の「一心専念弥陀名号」の文により心眼を開き、専修念仏に帰します。
 比叡山を下りたのち京都東山に住し、人々に浄土の教えを説きました。貴賎男女を問わず法然上人の教えに帰依する者多く、これに対して比叡山、興福寺などが強く警戒、抗議します。朝廷もこれを受けた結果、一時流罪の身となられます。
 建暦元年、京都に戻るもやがて病床に就かれ、翌建暦2年(1212年)1月25日、80歳で示寂されました。

 日本仏教の高僧の方々も上人への賛辞を惜しみません。

「本師源空は仏教を明らかにして、善悪の凡夫人を憐愍す。」
(法然上人は釈尊一代の教えに精通した上で、善人であれ悪人であれ、凡夫の立場に立って浄土の教えを興されました。)

 直弟子であり浄土真宗の祖となる親鸞聖人のお言葉です。親鸞聖人は法然上人に深く帰依され、生涯にわたってそのお人柄と教えを尊ばれました。浄土宗では「いわゆる善人も凡夫、悪人も凡夫である。いずれも仏の境地には程遠いが、念仏によって極楽浄土には往生できる」と考えます。

「智慧光のちからより 本師源空あらわれて 浄土真宗開きつつ 選択本願のべたまう。」

 親鸞聖人は、法然上人の教えのことを真実の浄土の教え=「浄土真宗」と呼びました。「法然上人が浄土真宗を開いた」と仰っているわけです。これは教団としての浄土宗・浄土真宗とは別の次元のお話です。

「親鸞におきては、『ただ念仏して弥陀に助けられまいらすべし』と、よき人の仰せを被りて信ずる他に、別の仔細なきなり。」

 よき人、とは法然上人のことです。

「阿弥陀如来化してこそ 本師源空としめしけれ。」

 阿弥陀如来の化身として法然上人がこの世に現れた、と仰っています。親鸞聖人が法然上人のことを師、尊敬する人というレベルを超えた存在として見ておられるのが分かります。お念仏される法然上人のお姿に、また教えを説く法然上人のお顔に、仏の光明を見ておられたのかもしれません。

 次は禅門(臨済宗)からの声です。

「伝え聞く、法然生き如来。蓮華上品に安座し、尼入道の無智のともがらに同じくす。一枚起請、もっとも奇なるかな。」

 一休禅師のお言葉。法然上人よりも後の時代(室町時代)の傑僧ですが、「もっとも奇なるかな」の表現に深い敬愛のお心がにじんでいます。(『一枚起請』=『一枚起請文』については9月のコラム「法然上人の浄土の教え」をご参照ください。)

 多くの天才的宗教家を輩出した日本仏教ですが、法然上人はその中でも特別な場所を占めています。これらのお言葉の中に感じ取って頂ければ幸いです。◆


2017.10.02家の中にMyお寺をつくる
 前回のコラム「法然上人の浄土の教え」に、次のようなご感想をお寄せ頂きました。
「驚異的に明瞭で、素人の私にも分かりやすかったです。ありがとうございました。多くの方に安心をもたらす教えである一方、仏教的な研鑽を積んできた方にとっては逆に不安をもたらす、非常にラディカルな教えであると思いました。この両者を包み込める教えがあるということに驚きます。」
 私がお伝えしたかったことをしっかりと受け取って頂いたようで、ほんとうに嬉しく思います。心より御礼申し上げます。

 さて、今回のテーマは「家の中にMyお寺をつくる」です。
 亡くなった私の師僧はよく、
「心は形を求め、形は心を育てる。」
 と申しておりました。
 畢竟するところ「色即是空」-姿かたちに執着すべからず-というのが仏教の教えではありますが、やはり手を合わせるにも目の前に仏さまのお姿があったほうが心がこもります。例えば親しい人のことを想うのと同じで、目の前にその方の写真があるのとないのとでは、心に生ずる感じがずいぶん違ってきます。日々の生活の中に仏教の実践を取り入れるために、皆さんにも簡単にできる「心を育ててくれる形」の整え方=礼拝の環境の作り方をご紹介しましょう。

  • 第1ステップ
     まずは阿弥陀仏をお祀りします。寺院の中心の場所は本堂です。その本堂の中心はご本尊さま。ご家庭でも同じです。
     日本式の仏壇がある場合は、その最上段中央に阿弥陀仏を祀ります。仏像・掛け軸のいずれでも結構です。
     仏壇がない場合でも大丈夫。仏像・絵像などをお祀りすることができます。(今回の例は写真を額装したものです)
     ご本尊が整いましたら、次に仏具を揃えてご本尊をお飾りします。仏壇がない場合はテーブルやサイドボードを利用できます。
     基本の仏具は三種です。
    1. 香炉。中央にお線香を立て、その香薫を仏さまに捧げます。
    2. 灯明。ローソクに火を灯します。仏さまの智慧のみ光を表します。向かって右に置きます。
    3. お花。向かって左です。  灯明とお花は、それぞれ一対ずつ飾ることもありますが、一つずつでも十分です。
  • 第2ステップ
     第1ステップが整えば、皆さんも合掌してお念仏をお勤めすることができます。もっとも法然上人のみ教えからすれば「心を込めてお念仏する」だけで十分ですので、第1ステップさえ必要不可欠というわけではありません。仏像がなくてもお念仏は称えられるからです。これらは「お念仏を助けてくれる環境」であるとお考え下さい。第2ステップも同じです。
     ここでは、身に携えるものを揃えます。
    1. 数珠。もともとはお念仏の数を数えるものですが、数を取らない時も身につけます。
    2. 袈裟。仏教徒の象徴です。浄土宗では一般に輪袈裟を使います。
    3. 経本。お念仏に加えてお経を読む場合は必要になります。当サイトからも経文のダウンロードができますので、活用してください。
  • 第3ステップ
     何人かで集まってお勤めをする場合は、声をそろえる必要があります。そこでおりんと木魚が助けになります。お経の中のどこで叩くか、その場所が決まっております。追々お伝えして参りますので、叩いてみて下さい。

 私は、世界各地に小さな念仏グループがたくさん生まれることを願っています。今回ご紹介した「家の中のお寺」は、程度に応じて誰でも整えられるものです。「Myお寺」の前で一人でお勤めするのも良し。もし仲間がいれば、一緒にお念仏するのもまた良し。定期的に集まるのであれば、勤行と読書会で時を過ごしてみては如何でしょう。浄土経典や法然上人のお言葉などを学べば、お念仏への理解も深まります。
 浄土宗の僧侶がもしそこにいれば、質問もできますし尚良いのですが、なかなかそうはいかないでしょう。もしご質問などがありましたら、どうぞこちらにお寄せください。◆

*今回のコラムに関連してYouTubeにおつとめの動画をアップロードしました。こちらもどうぞご覧下さい


2017.09.01法然上人の浄土の教え

 法然上人(1133-1212)は、平安時代の末期から鎌倉時代にかけて活躍された方で、浄土宗の宗祖・元祖として仰がれる高僧です。ご遷化=亡くなられる二日前に筆をとって認められたのが今回ご紹介する『一枚起請文(いちまい きしょうもん)』です。
 この『一枚起請文』には、浄土宗の教えがすべて集約されています。私なりに言葉を加えながら現代風に訳してみましょう。(原文はダウンロードページの「日常勤行」のお経本でご覧になれます。)

『一枚起請文』

 あなた方も知っているように、仏教はインドから中国、日本へと伝わってきた。この間、多くの優れた仏教者が現れ、さまざまな修行や瞑想法を指導してきた。
 浄土の教えにおいては、視覚化の瞑想が説かれてきた。つまり、経典に説かれる極楽浄土の光景や、極楽浄土の仏である阿弥陀仏の姿を心にありありと思い浮かべる瞑想法だ。

 だが、わたしが説いてきた念仏=「仏を念ずる」とは、そのような瞑想の道ではない。

 あるいはまた、哲学の道—すなわち経典や論書を学び、「念仏」について詳しく考究したうえで、その実践として念仏を称えよという道—を教えてきたのでもない。

 では今から浄土の教えの要点を述べよう。

 釈尊は非常に多くの教えを説かれた。その数は八万四千といわれている。
 だが釈尊の覚りが幾種類もあったわけではない。それは一如であり、不二である。ではなぜそのように多くの教えが説かれたのかというと、それはわたしたちの病、迷い、囚われ、苦しみがまことに多岐にわたるからだ。それぞれの悩み苦しみに応じた薬を釈尊は用意されたのだ。この多様な煩悩の内容については、釈尊の時代も今の時代も大して違いはない。だがわたしたちの目が曇っているために、どのような場合に、どの教えを、どのように受け取り実践すればよいのかが分からないのだ。
 浄土の教えは、釈尊が説かれた多くの教えの中のひとつに過ぎない。だがこの教えの優れている点は、あらゆる人の人生をカバーできるというところだ。取り返しのつかないことをしてしまった人、人生で誤った選択をしたと思っている人、どうして自分だけがこのような目に合わなけれならないのかと思っている人、怒りの心を抑えられない人、自分にはこの状況をどうにもできないという無力感のうちにある人…こうした、寂静の心とはおよそかけ離れたところにいる人々をも導いてくれるのがこの教えなのだ。
 幸いなことにわたしはそれを知り、実践し、そしてあなたがたに説いてきた。

「極楽浄土」というのは、諸仏が語り継いできた夢の世界だ。そこには覚りをひらくことができるような環境がすっかり整っている。わたしたちのこの現実世界では、覚りをひらく可能性はほとんどない。ごくまれにそういうことが起こるが、一部のわずかな人に限られる。だが極楽世界では覚りを妨げる要因がないので、人はごく自然に覚りの開花へと成長できるのだ。
 今、「諸仏の夢の世界」と言ったが、これをわたしたちの夢の世界と混同してはならない。諸仏は完全に覚醒しているので、彼らにとっての夢はわたしたちにとっての現実よりもさらに現実的なのだ。ゆえに、わたしたちは極楽浄土を夢の世界ではなく「現実にある世界」と考える必要がある。
 これが第一の要点だ。

 浄土の教えが目指すところは「往生極楽」だ。すなわちこの身体の命が尽きる時に極楽世界へと転生し、かの世界で覚りの道に入れということだ。この身体の命が尽きる時こそが大いなるチャンスなのだ。そのためにはただ、
声に出して「なむあみだぶつ」と称えなさい。
 念仏によって速やかに極楽往生できる-この信頼の心をもって称えなさい。それだけで十分だ。そうすれば阿弥陀仏の力によって必ず極楽世界に導いていただける。わたしが生涯をかけて説いてきたことのすべては、この一事に帰着する。念仏を称えるほかには瞑想も不要、哲学も不要である。細かい儀式も、学問も、厳しい戒律や坐禅やその他の修行も一切不要である。なぜなら阿弥陀仏の力は、これら一切を超えてわたしたちを導いてくれるからだ。

「三心四修(さんじん ししゅ)」といって、念仏を称える際の心がまえや修行のありようが経典や論書に詳しく説かれている。これらについてあなたがたに説明したこともある。だがこれらもすべて、「なむあみだぶつと称えて必ずや極楽世界に導いていただこう」と思えばそこに含まれるのだ。
 ゆえに、信頼の心をもって「なむあみだぶつ」と称えよ-これが第二の要点だ。

 わたしの心の中に、仮にこのような思いがあったとしよう。
「念仏だけでよいというのは初心の者に向けた教えであって、実はさらに奥深い秘密の教えがあるのだ。」
 もしそのような思いがわたしにあるとするならば、このわたし自身が釈尊や阿弥陀仏のみ心に背き、その救いから外れてしまうであろう。
「念仏だけでよい」ということが教えのすべてであり、表も裏もないのだと知りなさい。

「仏教にはさまざまな教えがあるが、私は念仏の道を歩もう。」
「念仏とともに、心安らかに生きてゆこう。」
 このように志す人は、次のように考えなさい。たとえあなたが仏教を広く深く学んでいたとしても、「たった一つの経文といえども、真実のところは自分には理解できていない」と心得るのだ。
 自分は仏教をよく理解している、という思いを捨てなさい。学問があろうがなかろうが、集中力に優れていようがいまいが、釈尊や阿弥陀仏の目から見れば同じことだ。我執から抜け出せず迷いのただ中にいることにかわりはない。
「私は知っている」という思いを捨てなさい。そして、ただひたすら念仏を称えなさい。

 このように思う人もいるだろう。
「念仏だけでよいという教えは、仏教では常識とされている学問や修行をすべて否定することにつながるのではないか。」
 このように考えてわたしたちを非難する人もいるだろう。事実わたしの生涯においても、幾たびか法難を受けてきた。これからもそのようなことがあるだろう。
 だが、わたしの考えも主張も変わらない。今の時代にわたしたちを正しく導いてくれるのはこの道のほかにはないからだ。

 浄土宗の信仰と修行の要(かなめ)は、すべてここに尽くされている。わたしには、このほかの考えは一切ない。わが亡きあとに間違った教えが広まることのないように、思うところを書き記した。

建暦二年(1212年)一月二十三日
沙門源空(法然上人)◆

2017.08.08お釈迦さまの浄土の教え

 浄土宗の教えは『浄土三部経』という三つの経典をその根拠としています。皆さんにもいつか、これらの経典をじっくり読んで頂きたいと思うのですが、正直申して、初めての方が読み通すのはなかなか大変です。そこで、どういうことが書かれているのか、その概略をご紹介したいと思い、ひとつの短い物語にまとめてみました。(以前このコラム欄に掲載したものを、一部編集しました。)
 お釈迦さまのご説法の一端を味わってみて下さい。

◇      ◆      ◇

 その日は、穏やかに晴れた素晴らしいお天気でした。
 暑すぎることも涼しすぎることもなく、爽やかな風がそよぎわたっています。林は豊かな緑に輝き、小鳥たちもそこかしこで歓びの歌を歌っています。
 今日は、私たちのお釈迦さまが特別なお話をなさる、ということです。高弟の方々をはじめ、たくさんの人々が集まっています。優に1000人は越えるでしょう。そうそう、ご案内が遅れましたが、ここはインド、コーサラ国の都にある「祇園精舎」という名前の大きなお寺です。
お釈迦さまはすでに壇上に登られ、ゆったりとした大きな台の上に、両足を組んで坐っておられます。お顔の輝きはふだんにもまさり、その焔のような明るさは太陽や月をもしのぐほどではないか、と思われました。
 お釈迦さまは、優しい微笑みをたたえ、集まった人々に目を向けられました。すぐそばに坐っている舎利弗さまや目連さまを見つめ、また遠くに見えるお弟子や信者の方々を眺めながら、しばし沈黙しておられます。
 一同は、ワクワクしながらお釈迦さまがご説法を始められるのを待っておりました。やがてお釈迦さまは口を開かれ、力強い、深みのあるあのお声が響き渡りました。

「皆、わたしの顔を見るがよい。わたしの顔は、ふだんにも増して光り輝いているであろう。
「わたしは今、歓びにあふれているのだ。なぜなら、今日はそなたたちに浄土の教えについて話すからだ。」

 このように前置きをされると、お釈迦さまはすぐに本題に入られました。

「ここから西の方、はるか彼方に、極楽国と呼ばれる世界がある。そこには阿弥陀仏という名前の仏がおられ、いつでもあなた方に救いの手を差し延べておられるのだ。
「かの世界には苦しみがなく、人々はただただ安楽のうちに、修行を楽しんでいる。ゆえに、この上ない楽しみ、極楽と呼ばれている。

「この極楽世界には、信じられないほどの美しさがあふれている。今は、この祇園精舎にある樹々も豊かな美しい緑を湛えているが、かの世界に並ぶ樹々の美しさといったら、これとはまったく比べものにならない。極楽世界に茂っている樹々は、みな色彩豊かな宝石の輝きを放っているのだ。池に育つ蓮華も色とりどりの大きな花を咲かせ、新鮮な、そして悠久の時の香りを放っている。
「実のところ、わたしたちのこの世界でも、樹々は神聖さに輝いている。草原や、岩や小石でさえ神聖さに満ちている。だが、それを感じとることができるのは、目覚めた人々だけだ。覚りをひらいたごくわずかな人々…。
「極楽世界はそうではない。樹々も、大地も…すべての人がその神聖なる宝石のような輝きを体験している。いまだ目覚めていない者でも、その美しさに圧倒されてしまうことだろう。」

 お釈迦さまがそこまで話されたとき、一羽の鳥の鋭い鳴き声が、そのお声をさえぎりました。うつむいて話を聴いていた人たちも、ハッと顔を上げてお釈迦さまのお顔を注視します。お釈迦さまは、半ば目を閉じられ、鳥の声の残響が完全に消えゆくまで、ゆっくり味わうように耳を傾けられると、口を開かれました。

「かの世界にも、あのような鳥たちがいる。だが、その声の素晴らしさといえば、まるで覚れる人たちの説法を聴いているようだ。鳥の声に言葉はない。だが、その声、そのハーモニーがあなたの中にしみ通ると、それだけであなた方の心に清らかな目覚めを呼び覚ますのだ。

「さて、かの世界はいかにして創られたのであろうか。それは、私たちの住んでいる世界のように、自然が創造したものではない。今、この生身の手で触れたり、また肉眼で誰もが見ることができるような世界ではないのだ。だが一方で、極楽世界は私たちが心で思い描く、夢のような世界でもない。私たちが自分の心の中に極楽世界を持っているならば、それは一人一人の別の世界、ということになってしまう。そうではなく、極楽は、かの阿弥陀仏がその心の力で創られた世界なのだ。
「心の力で創られた世界であるゆえ、手で触れたり、皆の前で『これがその世界です』と言ってみせたりすることはできない。
「また、『心の力』といってもそれはあなた方の心とは違う。すでに覚りをひらかれた仏の心の力なのだ。だから、それは想像を超えた現実の世界だ。その場所は、言い伝えでは『ここから西の方角、十万億の仏土を過ぎたところにある』と表現されている。
「阿弥陀仏という仏も、私たちのように、両親から生まれた生身の身体をしているわけではない。修行の結果、心の力によって創られた身体をもっているのだ。この身体は生身ではないので、死ぬことがない。永遠の命をお持ちなのだ。そして、この身体は言葉では表わしようのない光、巨大な爆発が起こったような光明に輝いている。

「この阿弥陀仏という仏は、世にも稀なる仏だ。覚りをめざして修行するものは星の数ほどいる。実際に覚りを開き仏となった者も、その数は知れない。だが、まったく覚りからかけ離れた人々をも、必ず道の終点まで導こう、と決意した仏はただ一人、阿弥陀仏だけだ。阿弥陀仏が仏になれる前、法蔵菩薩という名をもつ一人の修行者であったころ、阿弥陀仏はこの誓いを建てられた。『わが名を呼ぶものを、必ずわが仏国土に導こう』という誓いだ。自分自身のことであれば、道を歩む上でおのれの最善を尽くすこともできる。だが、他人を導くこと、それもまったく仏教の素養をもたない人を導くことはこの上もなく難しい。それを成しとげた仏は、この阿弥陀仏をおいて他にはいない。わたし自身も覚りを得たが、いまだ阿弥陀仏のように存在するには至っていないのだ。

「阿弥陀仏の放つ光は特別なものだ。それは、あなたの心の隅々にまで届く。あなたという存在のすべてを貫き通す。あなたの秘密、誰にも知られたくないようなこと、あなた自身もすっかり忘れているようなこともすべて、まばゆい光のなかに照らし出されることになるのだ。阿弥陀仏という仏は、文字通りあなたのすべてを隅から隅までそのみ光で照らし、すべてを理解した上で、それでもなお、あなたに救いの手を差し延べてくれている。
「あなたにできることは、阿弥陀仏に手を合わせ、心のすべてを差し出して、任せきること。ただそれだけだ。
「ごく一部の人々は、この世に生きている間に阿弥陀仏の姿や、極楽世界のようすを見ることがある。だが、それはめったに起こらない。極めてまれなことだ。これを経験した人は、阿弥陀仏や極楽世界が現実のものであることをよく知っている。

「極楽世界に導かれるのは、この身体の寿命が尽きたときだ。そのために今、なすべきことがある。それは、極楽世界に入ることを願い、かの仏、阿弥陀仏の名前を称えることだ。 一日に一度、また二度、三度、あるいは気がついたときは常にこのことを思い出しなさい。阿弥陀仏に手を合わせ、『なむあみだぶつ』と称えなさい。阿弥陀仏があなたのすべてを知り、理解し、大いなる慈悲の心をもって導いて下さることは、すでに動かない真実だ。深い信頼の心をもって、『なむあみだぶつ』と称え続けなさい。あなたがたはすぐに忘れてしまうだろう。だから、一日のうちで何度でもこのことを思い出し、念仏を称えなさい。いつか、分かる日が来るだろう。自分の人生の真実の瞬間は、阿弥陀仏に向き合って、念仏を称えていたとき、ただそのときだけだった、と。
「人の命は長いようで短いものだ。この極楽世界の教えに出会うこともまた、まれなことだ。
「あなたがたはこの教えをすでに聞いた。この上なく尊く美しき世界、極楽世界に往くことを願い、阿弥陀仏の力をたよりとして、念仏に励むがよい。これがわが教えである。」

 このようにお釈迦さまがお話を終えられると、集まっていた人々は皆、歓びにあふれ、深く感謝しながら礼拝をしたのち、その場を立ち去った、ということです。◆


2017.07.04世界に通ずる仏教〜浄土教

English

 仏教は創造主を説きません。宇宙はさまざまな条件が組み合わさって多様に展開しているのであって、絶対的な存在(=神)が宇宙を創造し、コントロールしているとは考えません。それはちょうどインターネットが、さまざまな条件(通信技術の進歩、人々のニーズ、発信されるコンテンツの多様化・複雑化など)によって日々新たになり、それまでは誰も思ってもみなかったようなサービスや状況が生まれてゆくのと同じです。
 では、仏教には一神教における神のような「絶対的な基準」は存在しないのでしょうか。いいえ、仏教にも「絶対的な基準」が存在します。それがシャキャムニ・ブッダの「覚り」です。
 ブッダは80歳で入滅されるとき、このように言われました。
「弟子たちよ。今はわたしの最後のときである。だが、これは肉体の死に過ぎないということを忘れてはならない。わたしの本質は肉体ではない。覚りである。覚りは永遠に法としてそなたたちを導き、歩むべき道を示すであろう。」
 こうしてブッダは一宗教の開祖となります。「あるとき尊い教えを説いた一人の人物」であることを超えて、「後々の世の人々を導く永遠普遍の存在」となり、その教えは民族・国境を超えて広がってゆきました。
 その教えの要は、無常(すべてのものごとは同じ状態にとどまることがない)・無我(自分の本質というものはない)のことわりをよく理解して、真の幸福=涅槃を目指しなさい、というものでした。ブッダが説かれたこの道を歩むために、清らかな生活をおくり心の安定を修する修行者たちが増えてゆきます。ある者は草原の木陰で、ある者は山中の洞窟で、各々瞑想修行に励みました。ブッダの時代は遊行が原則で、弟子たちは執着を避けるため常に移動しながら修行を続けました。労働はせずにもっぱら在俗の人たちから布施を受け、ときには彼らに法を説きます。
 のちに大乗仏教がおこると、ブッダの教えはより多くの人々が理解し歩める道として、さまざまなバリエーションの中で説かれるようになりました。浄土の教えもそのなかのひとつです。浄土教の萌芽はインド大乗仏教にありますが、中国・日本における阿弥陀仏信仰の広がりによってそれは大きな流れとなりました。とりわけ日本においては独特の展開を示し、12世紀に法然上人によって浄土宗という一宗派が成立するまでになります。

 浄土宗の教えは平安時代末期の日本で成立しました。しかしその教えは決して特定の時代、特定の地域に限られるものではありません。現代においても、また日本以外の国や文化においてもブッダの教えと同じように普遍性を持ち、有効なものです。しかし残念ながら日本国外において、この教えはほとんど知られておりません。日本国内においても、それは伝統文化の中の一つの流れとしてはよく知られていますが、現実生活の生きた指針としてその教えを尊重し日々実践している人々の数は決して多くありません。私の強い願いは、法然上人がブッダの心をまっすぐに受け継いでおられることを示し、浄土宗の教えを現代のものとして蘇らせることです。

 自分の人生を、もろく崩れやすい狭い枠の中だけでなく、絶対性・普遍性・永遠性の中で位置付けることができるのか。避けられない死というものを心安らかに迎えることができるのか。日々の生活をどのような心構えで暮らしてゆけば良いのか。浄土宗はこれらの問いに答え得る教えです。インターネットという発信ツールの恩恵をもって、少しでも多くの方にこの教えを紹介できればありがたく思っております。◆


2017.05.20宗教体験、そしてそれを語ること

 以前京都の佛教大学で学んでいた頃、T先生という方にご指導を頂きました。仏教概論の講義だったと思います。私はT先生が『ヨーガ・スートラ』というヨーガ教典の研究もなさっているのを存じていたので、講義のあとで個人的に質問しにいきました。
「先生。仏教でいう『涅槃(ニルヴァーナ)』とヒンドゥー教でいう『解脱(モクシャ)』は、教えはともかくとして、実体験としては同じものでしょうか。それとも違うのでしょうか。」
 先生は「う〜ん」としばらく下を向いておられました。少しドキドキしながら待っていたところ、先生は顔を上げてこう仰ったのです。
「同じだと思います。」

 少し説明をさせて頂きましょう。仏教は、古代インドにおけるヴェーダの教え-「自我の本質は宇宙の本質と同一である。これを知ることが最高の覚りである」という教説を否定しました。お釈迦さまは、「そもそも自我の本質というものはありません」と主張されたのです。根本の教理が違うわけです。ですから「仏教の覚りもヒンドゥー教の覚りも同じ」というのは、仏教者としては中々言いにくいことなのです。私も若かったので、先生が答えにくいことを承知で質問をしてしまいました。(済みません!)それ以来、T先生への尊敬の念を深めたのは言うまでもありません。
 究極の宗教体験という意味では、宗教・宗派の差はないのではないか。私は今もそのように思っております。

 さて、これは前置きです。
 このところ、「ワンネス」「ワンネス体験」という言葉を耳にします。わたしの受け取りでは、これは「涅槃」「解脱」「覚り」に通ずる実体験です。こうした体験をする方が増えている(あるいはネット社会になって、少数だった体験者がつながれるようになってきた)ようなのです。彼らによれば、それはまさしく言葉を超えた至高体験であり、あえて表現するならば次のような言葉が使われます。
「宇宙エネルギーとつながっている」
「すべては一つである」
「今ここにすべてがある」
「神と一体である」
「すべてに意味がある」
「純粋意識」
「無条件の愛」
「あるがままで完璧である」
「光と一体である」
「内側からやってくる理解」
「真実の自分」
「目覚め」
「時間の停止」
「世俗社会への違和感」
などなど。

 海外にも体験者は多く、「ノン・デュアリズム(非二元論、不二一元論)」といわれています。それは二でもない、三でも四でもない、大いなる「一」として体験される、という意味です。
 ちなみに二元論というと、二つ=両極の概念を立てます。たとえば、
 {自分と世界}{善と悪}{聖と俗}{精神と肉体}{男性と女性}{快と不快}{健康と病気}{幸福と不幸}{個人と社会}{善玉と悪玉}{敵と味方}
 というふうに、テーマによって両極の概念を立てて全体を理解しようとする立場です。わたしたちはふだん、周りの世界を認識、理解するときに自然にこの二元論に立っていることが多いものです。
 ところが「ワンネス体験」「ノン・デュアリズム」においては、この日常の感覚が丸ごと超越されます。「幸福と不幸の二元性を超えた真の幸福を体験する」というような表現になります。
 仏教にも「ワンネス」「ノン・デュアリズム」に関連する言葉がたくさんあります。
「真如」「一如」「法性」「自他不二」「諸法空相」「諸法無我」「一無位の真人」「重々無尽縁起」「天上天下唯我独尊」「仏心とは大慈悲これなり」「万法に証せらるる」「身心脱落」「煩悩即菩提」「凡聖不二」「娑婆即寂光土」「色即是空」「一念三千」「三界唯一心」…枚挙にいとまがありません。
 もしひとたび「ワンネス」「ノン・デュアリズム」を体験できたなら、一見難解に見えるこれらの仏教教理もすらすらと理解できることでしょう。

 であれば、ワンネス=覚りの体験者が増えることは素晴らしいこと、望ましいことであるはずです。
 がしかし、ここに大きな問題があるのです。
「ワンネス」「ノン・デュアリズム」体験自体は素晴らしいものですが、その体験を不特定多数の人に語ることによって、体験者と未体験者、覚った人とまだ覚っていない人、という別の二元性が生まれることになるのです。一元性の体験が新たな二元性を生むという矛盾。ワンネスを体験した方は、その圧倒的な至福感覚の中にいるか、あるいは時間が経ってもそれを明瞭に覚えています。そして未体験者の中には「ワンネス」「ノン・デュアリズム」に憧れる人が当然のことながら出てきます。体験者の中の一部の人々は、善意から彼らを導こうとします。が、しばしばその場は、体験者と未体験者がそれぞれの夢をふくらませる「夢想の世界」になってしまいます。いわゆる「カルト宗教」との親近性も生まれてきます。

 もう一つの大きな問題はこうです。
「すべてはありのままでよい」
 これは体験としては自己受容、他者受容の極致です。たいへんすばらしいものですが、一方で現実社会の中で苦闘している人々にとっては受け入れ難いものです。なぜなら、社会的な不公正・差別・搾取・暴力・苦しみも「ありのままでよい」と、それらに目をつぶり容認することにつながりかねないからです。目の前にある社会矛盾に取り組むよりも、「ありのままでよい。人類の目覚めが進めば、いつかそれらの問題も解決することでしょう」というふうに遠くの方を眺めてしまう。
 他のさまざまなワンネス表現も、受け取りようによってはこうなります。

「全ての生命の本質は平等である。」(だから、表面的な不平等にあえて反対する必要はない。)
「無条件の愛」(もしあなたが人を許せない、受け入れられないならば、それはあなたが未熟だからである)
「宇宙エネルギーとつながっている」(もしあなたが病気なら、それは「ワンネス」「ノン・デュアリズム」を体験できていないからだ)

 このように、「ワンネス」「ノン・デュアリズム」を主張することによって、体験者の世界と、現実の苦悩(未体験者)の世界との間に大いなるギャップ、緊張が生まれてしまうのです。

 ここでしばらく浄土教の話をさせて下さい。私の理解では、法然上人(浄土宗)は決して一元論を説きません。あくまでも二元論に留まります。聖なる世界はあちら側(極楽浄土)。われわれがいるのはこちら側の迷いの世界。あちら側とこちら側がはっきりと区別されます。肉体の命が燃え尽きる時に、念仏の功徳をもってあちら側=極楽浄土に導いていただく。現世で覚りが起こり得ることを否定はしませんが、圧倒的多数の人には覚り-「ワンネス」「ノン・デュアリズム」の体験は起こらない。大半の人がそれを体験できるのは、あちら側=極楽浄土に旅立ったあとのことです。
 つまり、
「二元論を超えた不二一元論的世界(=覚りの世界、「ワンネス」「ノン・デュアリズム」の世界)は確かにある。一部の人は現世でそれを体験することができるかもしれない。だが大半の人にその体験は起こらない。それを踏まえた上で、現実世界で覚りを体験しようとすることはいったん棚上げにして、臨終の時に極楽世界へ導いて頂きましょう、そののちに極楽世界で覚りをひらかせて頂きましょう。」
 これが法然上人の立場といえます。不二一元論(ノン・デュアリズム)を踏まえた上での現実的な二元論です。私はこれを超二元論(スーパー・デュアリズム)と呼んでいます。すなわち、私たちの日常感覚的(二元論的)世界と、それを超えた不二一元論的な覚りの世界を両方とも視野に入れた上で、私たち大多数の凡人が進むべき道を示してくれている-それがスーパー・デュアリズムです。
「二元論を超えて不二一元論へ。不二一元論を超えて超二元論へ。」
 このような言い方もできましょう。

「あるがままですべては完璧である。」
 おそらくその通りなのでしょう。しかしそれは覚りの目から眺めた世界です。われわれ迷いの中にある人間にとって、世界は決してそのようには映りません。理想と現実の間で引き裂かれているのが我々の生活感覚です。そのなかでジタバタと苦闘する人こそ真の大乗仏教者=菩薩だと思うのです。「自未得度先度他(自らは未だ救いを得ずして、先に他者を救いに至らしめる)」-最終的な救いの場があると認めつつも、厳しい現実から目をそらざずにそれに立ち向かう。現実に翻弄されながらも理想を求めて奮闘する。人々と苦悩を共にし、人々の救いを第一に考えながら歩んでゆく。雨ニモマケズ。風ニモマケズ。それこそが我々大乗仏教者の歩むべき道ではないでしょうか。

 今回申し上げたかったことをまとめますと、
・宗教体験は、宗教・宗派を問わず誰にでも起こり得るものです。
・但し、現実にはごく少数の人にしか起こりません。またその体験を語ることは諸刃の剣になります。
・かりに宗教体験の尊さを認めたとしても、多くの人にとってはそれをカッコ書きの中に入れておいた方がよろしい。(あるいはその体験が起こるのは自分の肉体の命が終わる時=未来形にしておく方がよろしい。)
・宗教体験すなわち最終的な救いの場があると知りつつも、現実社会の中で人さまのため社会のために尽くして参りましょう。
 ということになります。

 最後に申し上げますが、私は決して「ワンネス」「ノン・デュアリズム」を軽視しているわけではありません。幸いにもそれを体験された方々、またそれに関心をもっている方々に、地に足のついた社会貢献に取り組んで頂きたいと願っています。皆さんのエネルギー、皆さんの慈悲の心が、苦しんでいる人々を救う大きな力になることでしょう。◆


2017.04.01新しくお寺を創るということ、そして宗教法人設立について

 林海庵は、平成13年に東京多摩地区で活動を開始、2年後の平成15年に正式の浄土宗寺院として認められた新しいお寺です。これは宗門の施策・主導のもとで進められたもので、こうした活動のことを浄土宗では「国内開教」と呼んでいます。もともとは浄土真宗本願寺派さんが「都市開教」として先駆的な実績をつくり、各宗派がそれを追う、という展開をたどっています。さほど歴史の古いものではありません。
 新しい布教拠点を創るという動きは、新興宗教では当たり前のことかもしれません。が、伝統仏教にあってはなかなか腰の重い(?)ことなのです。

 そもそも江戸時代には、新しくお寺を創ったり自由に布教活動を行うことが禁じられていました。「檀家制度」などによって各宗派の活動基盤を支える一方で、宗教を幕府の統治機構の中に位置づけて厳しく管理統制したわけです。伝統仏教は今日でもその流れを引いていますので、既存の寺院をしっかり守ってゆこう、というところには力点を置きますが、新しくお寺を創ってゆくという方向にはあまり関心が向きません。むしろ新しくお寺ができると「既存の寺院の活動を脅かすのではないか」「わが寺の檀家が取られるのではないか」というような思惑が生じて、歓迎されないことも多いようです。

 しかし、昔とは時代が違います。産業構造の変化や様々な理由で社会も変わり、特に人口分布が大きく変化しました。人口の増えた地域には寺院も増やさなければなりません。特にこの多摩地域は「多摩ニュータウン」の開発事業によって戦後、人口が急増しました。全国から多くの方が転入してこられているので、その中には一定数の浄土宗の檀家さんや菩提寺のない方がおられるわけです。こうした方々に対応してゆくのが私たち開教寺院の使命です。

「開教」ということについてあらましを書きました。

 こうして活動を始めたわけですが、当初は何もすることがないので、広告・宣伝を考えたりウェブサイトを立ち上げたりしておりました。少しずつご縁が広がり活動が軌道に乗って参りますと、次に考えなくてはいけないのが「宗教法人化」です。
 一般に、宗教活動自体は、憲法が「信教の自由」を保証していますので制限を受けることはありません。これは個人で行なっても団体として行なっても構わない-つまり法人でない「宗教団体」でも大丈夫なのです。(もちろん、社会に害を及ぼすような活動は許されませんが。)

 では法人格を取得して「宗教法人」になるというのはどういうことなのでしょう。

「宗教法人法」という法律があります。その第一条にはこのようにうたってあります。

「この法律は、宗教団体が、礼拝の施設その他の財産を所有し、これを維持運用し、その他その目的達成のための業務及び事業を運営することに資するため、宗教団体に法律上の能力を与えることを目的とする。」
 「資する」というのは助けるという意味ですから、平たく言うとこの法律は「宗教団体の活動を助けるために法人格を与える」ためのものだ、ということになります。
 では、まず第一に、なぜ「宗教団体の活動を助ける」必要があるのか、というと「宗教活動は社会のため(公益)になるから」という理解がその前提にあるからです。社会のため、公益のための活動というのは、これも平たく申しますと、「利益を生むための事業」ではなく、「これは社会に必要な事業だから、利益とは無関係に進めてゆかなければならない。もしお金が足りないならば、何とかしてかき集めてでもこれを行なわなければならない。」これが公益のために行なう活動です。ですから公益法人の中の一つである「宗教法人」は、様々な税制上の優遇措置を受けられるのです。(ちなみに、法人税や固定資産税は優遇されますが、僧侶はお寺から給与を受け取りますので、その給与に対する所得税、住民税は納税します。)
 では第二に、宗教団体が法人格を取得すると、どういうところが助かるのか。税制上の優遇のほかに、社会的な信用を得られるということがあります。しかし最も重要な点は、「礼拝施設が法人の所有となる」ということでしょう。
 林海庵が「宗教法人」になる前は、土地建物は住職(私)の個人名義のままでした。好んでそのように選択したわけではなく、個人名義でしか登記できなかったからです。普段はそれでも一向に構いません(固定資産税はかかりますが、さほど広い土地でもないので金額は大きくありません)。しかし、たとえば住職が死亡したといたしますと、その時点でお寺の土地建物が個人の遺産相続の対象になってしまいます。そうすると、大切な本堂=礼拝施設が、それまでの寺院活動とはまったく無関係な第三者-僧侶でも信者でもない第三者の手に渡ることもあり得るわけです。これではせっかくの信者さんたちの信仰の場が守られなくなってしまい、寺院としてのそれまでの活動、努力が無に帰する恐れが生じてきます。
 こうした事態を未然に防ぐために、「宗教法人」という法的立場を取得する必要があるというわけです。宗教法人であれば、住職(代表)が死亡しても代表役員が次の住職に交代するだけです。礼拝施設の所有者は「宗教法人林海庵」のままで変化はありません。

 さて、ここで問題としたいのは、その「宗教法人」を設立するということがきわめて困難になっている、という点なのです。
 認証を出す所管は各都道府県庁。東京でいえば東京都知事が宗教法人の認証を出します。各都道府県に担当窓口があるのですが、担当者は非常に厳しい条件を課してきます。「オウム真理教の事件以降、法人認可が厳しくなった」というふうに言われてはいるのですが、提出書類に少しでも不備があれば「また来年いらっしゃい」と一年待たされる。次の年には別の点を指摘され、「また来年いらっしゃい」。この連続です。しかも担当者が転勤で移動になると、新しい担当者とまた一からやり直さなければなりません。
 林海庵の場合、東京都稲城市で活動を開始しました。約3年後に同じ東京都の多摩市に移転しました。都庁によれば、

「稲城市と多摩市では都の担当者が違うので、稲城市のときの(3年間の)活動報告は無効です。また一から始めて頂きます。今後最低3年間は(法人設立が適切かどうか)様子を見させて頂きます。」
 とのこと。当時は本業(宗教活動)に追われていて、「そんなものか」と都庁の言う通りに従っていました(法人設立はその3年後に実現しました)。しかし、今考えますとまことに不親切・不適切な指導であり、法人格を与えて宗教団体の活動を助ける、という宗教法人法の精神がまったく生かされていないように思われるのです。これは一人二人の(役所の)担当者の話ではなく、全国的にそういう傾向があるようでして、開教使の仲間たちもこれには大いに悩まされています。

 わたしたちの社会が「宗教は公益に資する」と考えて、その立場に立った法律をつくったのであれば、都道府県庁もその法の精神を尊重して対応すべきです。この点は強く主張したいと思います。それと同時に、もしいま「宗教法人設立」に向けて努力している宗教団体があるならば、宗教法人法に則り自分たちの「公益性」に自信をもって手続きを進めて頂きたいと思います。役所に頭を下げて「宗教法人の認可を頂く」のではなく、「宗教団体の法人化を進めてその宗教活動を助けるのが、公益を実現すべき役所の仕事である」-このように考えて下さい。
 こう申しますと、「宗教法人設立のハードルを下げると、悪質な団体が跋扈する恐れがある」という声が上がるかも知れません。しかしだからといって、宗教全般の公益性を疑うかのような懐疑的な対応を役所が行なうのであれば、それに対しては断固として抗議してゆかねばならないと思います。
 営利を目的として、「株式会社」を設立するといたしましょう。会社の名前はどうしようか、から始まって最短1ヶ月くらいで登記まで完了するそうです。これに対して宗教法人の場合は最低3年。一般に5年から10年…。
 あたかも「基本的に、新しい宗教法人の設立は認めません。宗教活動は憲法で認められているので止むを得ず許しますが、一代限りで終わりにして下さいね。」と言われているようなもの。こう考えるのは私だけでしょうか。

 お釈迦さまは、人々を苦から解放しようというお志のもと、覚りの座から立たれて布教を開始されました。われわれ宗教人が常に公益性を意識しなければならないのはもちろんですが、行政も宗教性、宗教活動への理解を深める必要があります。超高齢社会といわれるこの時代、医療や介護だけではカバーできない心の領域があると思うのです。◆

平成20年8月22日申請書類提出、9月8日受理、9月16日認証となっています。迅速な手続きのように見えるかもしれませんが、そもそも「申請書類提出」が認められるまでに5年以上かかっています。


2017.03.03住職のつとめとは
「お寺の住職さんというのは、どういう仕事ですか。」
 と尋ねられることがあります。内部事情(?)の話になるかもしれませんが、今回は「住職のつとめ」について書かせて頂きます。

 古来、「一掃除、二勤行、三学問」という言葉があります。
 僧侶たるもの、まず掃除をせよ。次は本堂でおつとめをしなさい。さらに時間があるならば、学問をせよ。
「掃除」といいましても(林海庵のような小さな寺はともかく)表通りから山門、庭、墓地、本堂、客殿等をきれいにするとなったら、時間がいくらあっても足りません。特に冬の落ち葉掃き、夏の草取りには骨が折れます。しかし清浄な空間を創るというのは基本中の基本。皆さんもお寺を訪ねると、掃除が行き届いているのに気づかれることでしょう。
 次は「勤行」。清められた本堂で読経をすれば、心も清められます。本堂という特別な環境のもとで、心からのお勤めができる。また日々の勤行が、本堂という場所の宗教性を支えることになるのです。
 そして「学問」。宗門の典籍を学ぶだけでも膨大な量になります。さらに年々出版されている仏教書、宗教関係書に目を通すとなると、とても手が回りません。私などは学ぶべきもの、学びたいものを選んで少しずつ読書しています。あくまでも優先すべきは「掃除」「勤行」です。

 さて、「一掃除、二勤行、三学問」と申しました。確かにそれが原則となりますが、もう少し現代風に言い換えてみましょう。住職(ちなみに、僧侶イコール住職というわけではありません。住職は一ヵ寺を代表する一人だけです)のつとめとは…

(1) 宗教空間のプロデューサー
お寺の中心は何といってもご本尊。そのご本尊を囲む本堂のしつらえを統括します。掃除はもちろんのこと、仏具の配置、音響や照明、空調、香・供花・灯明など、その空間にいると心が落ち着き、自然に仏さまに手を合わせられるように整えます。

(2) 法要・儀式の導師
宗教的空間を管理するだけでなく、そこを舞台として宗教的役割を演じます。日々の勤行をベースとして、檀信徒を前にした行事の主催、また葬儀や法事における導師を勤めます。
法要の予定管理や、名簿・過去帳の整備などの後方事務もあります。

(3) メディアを通じた告知・布教
寺報やホームページなどを通じて情報発信を行い、お寺の行事のご案内や仏教の布教伝道を行います。

(4) カウンセラー
檀信徒や一般の方々のご相談にのります。仏事相談が主ですが、仏事以外の悩み相談にも応じます。

(5) 施設管理者/墓地管理者
寺院という公的な建物・建造物や墓地、駐車場を管理します。清掃・安全(防火・耐震など)への目配りや、必要に応じて増改築も行う責任者です。

(6) 法人の代表役員
寺院=宗教法人の代表役員として法人運営に責任を負います。役員会、総務、財務(税務もあります)などの業務に加え、毎年所轄の都道府県庁に予算決算書類、役員名簿を提出します。

(7) 宗門や本山を支えるサポーター
お寺のことだけでなく、宗門・本山・教区などの上部組織を支える義務を負います。宗派の末端の一寺院として、課金の上納や本山の行事への出仕、宗議会議員や教区役員の選出など、様々な役割を果たします。

 また寺院以外のボランティア活動に参加したり、学者・研究者として仕事をしているご住職もおられます。

 こうして見ると、実に多種多様な仕事があるものです。もっともすべてにわたって毎日カバーしているわけではなく、日々必要に応じてバランスをとりながらこなしております。基本はやはり「一掃除、二勤行、三学問」。

 ところで、ここが一番大切なところなのですが、今後は上記に加えて「終活・看取りのサポート」という仕事が住職・僧侶の果たすべき重要な役割になってくると思われます。
 これについては、また改めて書きたいと思います。 ◆


2017.02.01自分の「愚かさ」に気づく

 浄土宗でいう「凡夫の自覚」とは、道を歩む上で「自分の今の位置が分かっていますか」という問いかけです。
 坐禅などの修行を積んでも、なかなか怒りの感情をコントロールできるようにならない。あるいは「あれが欲しい」という欲望につかまると、いてもたってもいられなくなる。また仏教の教えを学んでもさっぱり意味が分からない。これでは覚りの境地はおろか、三歩進んで二歩下がる…それならまだ良い方で、二歩進んだと思ったら三歩下がっている。これが(愛すべき!)われらが現実の人生です。
 しかしいったん自分の愚かさ、自分へのこだわりに気づくと、「何だ。自分ではりめぐらした蜘蛛の巣に、自分で捕まっているだけではないか」「みんなが私のことを批判していると思っていたが、よく見るとみんな自分のことで精一杯じゃないか。誰も私のことなんか気にしてないじゃないか」このような理解が生まれます。そうすると余裕が生まれます。自分自身の感じ方・考え方・習慣を冷静に振り返ることができます。そこで改めて、
「自分はなんと平凡、無力、無能であろうか」
 と知るのです。
「覚りに一歩だけ近づく、あるいは二歩だけ近づくということがいかに困難か」
「自分がいかに思い込みに縛られていて、そこから出られないでいるか」
と気づくのです。
 そこから、他力を仰ぐ浄土門が開けてきます。

 しかし一方、「愚かさに気づきなさい」と言われても、
「いやいや自分にも優れたところがある。」
「そこまで自己否定しなくても良いのではないか。」
「精神集中-瞑想修行の道をもっと前に進みたい。」
 もしあなたがこう思われるならば、それはそれでたいへん結構です。
自力で覚りをめざす道を進んでみて下さい。納得のゆく道を色々試してみることも必要です。そしていつの日かそこに限界を感じたら、浄土の教えを思い出して下さい。

 実のところ、浄土門は自己否定の道ではなく、自己受容の道です。「仏に受容される」ことによって自己受容に導かれる道なのです。

もし智慧をもちて生死を離るべくば、源空いかでかかの聖道門を捨ててこの浄土門に趣くべきや。聖道門の教えは智慧をきわめて生死を離れ、浄土門の修行は愚痴にかえりて極楽に生まるとしるべし。
(法然上人)

(もし自分の能力を頼りに修行を積みこの世で覚りをひらくことができるならば、どうしてわたしが自力修行の道を捨てて浄土門に帰依するだろうか。聖道門とは自力で智慧を極めた結果覚りに至る道、浄土門は「愚かな自分」に立ち返って極楽浄土に導いて頂くための修行だと理解しなさい。)◆


2017.01.01明けましておめでとうございます

 旧年中はたいへんお世話になりました。
 本年も宜しくお願い申し上げます。

 つい先日、シンガポールの華人の方からメールを頂きました。私どもがYouTube上に載せた英語のお勤めをご覧下さったようで、「欧米人向けに分かりやすい称え方を紹介してくれた」と評価して下さいました。
 その方は浄土真宗の門徒だそうです。
 思えばいにしえの時代、わが国の高僧の方々は中国から(あるいは朝鮮半島経由で)仏教を学びました。長い歴史の中で漢文の経典をわがものとして消化し、日本独自の仏教が花開くことになりました。
 今日拙い形ではありますが、インターネットという強力なメディアに乗せて英語法話を発信させて頂き、それを海外の中国系の方が英語で聞いて理解して下さる。しかも、中国直系の浄土教徒ではなく日本発の浄土真宗の信者の方が法然上人のアプローチに関心を寄せて下さる、というまことに興味深いものです。
 英語法話を始めた時は、「一体、誰に向けてやっているのですか?」という声も頂きました。しかし、少しずつ海外からもメールを頂くようになり、この方向は間違っていないと思うようになりました。

 林海庵のある東京多摩地域にご縁を広げる努力は言うまでもありませんが、本年は私たちが「国際開教」と呼んでいる、広く英語圏の方々に向けた布教活動にも力を注いでまいりたいと思います。◆