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2003.06

 
(5) 十念(じゅうねん)

この連載も5回めを数えます。今年2月から始まり、やっと「お念仏」までたどりついた、というわけです。

なむあみだぶ なむあみだぶ……(八回)
なむあみだぶつ なーむあみだぶ

さて、わが国で浄土宗を開かれたのは法然上人ですが、浄土の教え――お念仏の教えはインドのお釈迦さままでさかのぼります。ではお釈迦さまはどのように説かれているのでしょうか。ここでちょっと、お釈迦さまの教えに触れてみましょう。
……二千五百年前のある日、私たちはたくさんの人々とともにお釈迦さまを前にして坐っています。ちょうど今、お釈迦さまが今日の説法を始められるところです。今日はどんなお話をされるのでしょうか……。

「さとりを得て、光り輝く存在となられた方は実にたくさんいる。わたし(釈尊)が第一番めというわけではない。わたしが世に出るはるか昔から、あまたの修行者がさとりを得てきた。
今日は、そうした多くの仏=覚者のなかの一人、阿弥陀仏についてあなた方に話そう。
法蔵(ダルマーカラ)……これが阿弥陀仏の修行時代の名前だ。彼は一人の国王だった。その地の最高指導者だった。彼はあるとき、彼の時代に現れたさる覚者の説法をきいた。彼は人生の方向を変えてしまう。王位をすて、家をすて、すべてをすてて彼は修行の道に入っていった。彼の決心はかたく、その心は純粋そのものだった。
彼はただの政治家ではなかった――最高の地位にありながら、しかもこの世の苦しみをすみずみまで知りぬいていたのだから。貧困、病苦、憎悪、恐怖、悲嘆……世にあふれる苦しみを目の当たりにしてきたに違いない。人々の訴えに心から耳を傾け、その苦しみを深くうけとめてきたに違いない。彼は出家し修行をつみながらも熟考をかさねてゆく。
『わたしはさとりを求めて王位をすて、修行の道に入った。さとりを開くのがわたしの目標だ。だが、わたし一人が苦しみから解放されることにどれほどの意味があろうか。わたし一人が光明を得、一方で多くの人々は苦海に沈んだまま……そのようなさとりはわたしにとっては意味がない。』
ついに彼はこう決心する。
『わたしがさとりを得たあかつきには、ひとつの仏国土を建設しよう。わたしの仏としての名を呼ぶものは誰でもひとり残らず、この仏国土に保護しよう。ここは苦しみのない世界……修行を楽しみとして、誰もが仏の道を歩めるところ……』
やがて彼は修行を成就してさとりを得る。理想を抱く者は数多くいるが、それを成就する者はごくわずかだ。彼は大変な努力の末にそれをなし遂げた。彼は仏=覚者となり、その誓いは現実のものになった――かの仏の名を呼ぶ者は皆必ずその仏国土に迎えとられる、という誓いが。
これが、わたしが今日あなた方に伝えたかった阿弥陀仏の物語だ。そしてその仏国土は「極楽」という名で知られている。
どうかね、あなた方はこの話をどのように思うだろうか。これは単なる作り話ではない。この話は真実だ。わたしはそれを知っている。だから、わたしはこう言おう。あなた方も阿弥陀仏の名を称えなさい。かの仏の願いをあなたの中に響かせてごらん。彼の広大な慈しみの中でくつろぎなさい。あなたの側でなすべきことは何もない。すべてをかの仏にまかせること――。」

……この日の説法は、かようなものでした。これが阿弥陀仏と極楽浄土についての、お釈迦さまの教えです。お釈迦さまは実に多くの教えをお説きになられましたが、それらの中で浄土教の歴代の祖師がたが注目されたのは、まさにこの教えでした。そしてわたくしたちの「浄土宗のおつとめ」でも、お釈迦さまのこの教えのとおり「なむあみだぶつ」と阿弥陀仏のお名前をお呼びする――お念仏をお称えすることが中心になるわけです。ですから、わたくしどもが「同称十念!」と申しましたら、どうぞご一緒に大きなお声でお称え下さい。

「なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ。なむあみだぶつ、なーむあみだぶ」