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2004.05

 
(10) 四誓偈 (しせいげ) その4

緑の眩しい季節ですね。林海庵のあるマンションの裏山も、みごとな眺めです。

今月はお経の解説―「四誓偈(しせいげ)」の4回目です。

修行僧ダルマーカラは、48の誓いを建てました。この中でもとくに大切な誓いが、48の中の18番目、「念仏往生の願」といわれるものです。この第18願は、浄土宗―お念仏の教えが依って立つ大事な誓願です。
お経の本文を見てみましょう。『無量寿経』の中、「四誓偈」の少し前のところに出てきます。

(第18願)設我得仏 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚
(もしわれ仏を得たらんに、十方の衆生、至心に信楽〈しんぎょう〉してわが国に生ぜんと欲して、ないし十念せんに、もし生ぜずば正覚を取らじ。)

(訳)もし私が覚りを得たときに、十方の世界にいる生きとし生ける者たちが、真実の心をもって、深く信じて私の国(浄土)に生まれたいと欲し、上は一生涯念仏(なむあみだぶつ、ととなえる)を続けた者から、下はただ十回の念仏をとなえたに過ぎない者であっても、もし一人でも私の国に生まれない者がいたならば、私は正しい覚りを取らない。

少し難しいでしょうか。簡単に言いますと「私は『なむあみだぶつ』と心をこめてお念仏をとなえる者を、一人残らず必ず浄土にすくい取る」ということです。これはダルマーカラ(覚りをひらかれたあとは「阿弥陀仏」)のかたい約束です。この約束の力(本願力―ほんがんりき)を頼りとして、私たちはお念仏をおとなえします。
「浄土宗の教えは簡単である。ただ念仏すればそれでよいのだから。」
と言われますが、誠にその通りです。難しい学問を究めたり、困難な修行を積んだりせずとも、救いの道が開けています。「なむあみだぶつ」と声に出してとなえることによって、老若男女を問わず、学問の有無や罪の大小に関係なく、必ず仏の約束が守られて光の中にすくい取られてゆく…これが浄土の教えの素晴らしさです。
「まさに知るべし、本誓の重願むなしからざることを。衆生称念すれば必ず往生を得。」(善導大師)
「念仏というは、仏の法身を憶念するにもあらず。仏の相好を観念するにもあらず。ただ心をいたして、もはら、阿弥陀仏の名号を称念する、これを念仏とは申すなり。」(法然上人)
「仏の御名を称すれば、必ず(西方浄土に)生まるることを得。仏の本願によるがゆえに。」(法然上人)

今月は「四誓偈」に関連して、浄土の教えで一番大切な「第18願」に焦点を合わせました。
次回はまた経文に戻りましょう。