コラム目次へ

コラム倉庫

2004.06

 
師僧、藤木芳清上人のこと

去る3月19日、私(住職・笠原 泰淳)の師僧が満57歳で遷化いたしました。遷化(せんげ)とは僧侶が逝去することをいいます。昨年7月に入院し、闘病生活を送っておられましたが、誰も予測しなかったことに、病状が急変しました。

私の師僧は、笠原家の墓がある東京都中野区の貞源寺の住職です。今となっては「先代住職」ということになります。私は僧侶を志したときに菩提寺の門をたたき、弟子入りを乞うたわけです。以来、13年余が経過いたしました。師僧からはたくさんのことを教わり、お叱りを受け、また喧嘩(議論)もしました。
訃報を聞いてから密葬、本葬と諸事が続きまして、やっとここへきて少し気持ちが落ち着いてきた感じです。もちろん、日常の様々なことにはそれなりに対応しているのですが、頭のどこかに師僧のことがあり、「まだ(亡くなられたことが)信じられない」感じ、ご本人のお声や雰囲気の生々しい感覚があります。
師僧は、住職として貞源寺を守る傍ら、無類の蕎麦好き、バイク好き、また古典芸能を愛された方でした。その方面のいろいろなお話を伺いましたが、今一番想い出すのはそれらの話ではなく、子供の頃に野球のグローブを買ってもらった、その時の嬉しさをしみじみと語られたときのことです。ある意味で、童心を失わなかった方でした。

師僧の遺骨は、私の父や祖父母も眠る貞源寺境内の墓地に埋葬されています。
今は、林海庵の活動―浄土宗の開教施策に全力を傾注することが、師僧ヘの恩返しだと思っております。