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2005.12

 
成道会(じょうどうえ)

はや12月を迎えました。12月8日は成道会、お釈迦さまが覚りを開かれた日として知られています。今回は、このお釈迦さまのお覚りのお話をしましょう。(お念仏の会で話した内容を一部編集して掲載します)

これは、今からおよそ2,500年前のこと。インドの東北部、ビハールと呼ばれる地方の、ある川のほとりでのお話です。
その一帯には、ここかしこに瞑想をしたりお祈りの言葉をつぶやいている修行者の姿が見えます。日中の日差しはまだ強く、お祈りの声や鳥のさえずりが際立つほどの、静寂な空気があたりに漂っています。

そこへ、シッダールタという名前の青年がやってきました。その青年は、たいへん高貴な顔立ちをしています。シッダールタは、ある一族の王子でしたが、今や、王冠や耳飾りや美しい衣服を捨て、世俗の生活を離れて修行者たちの仲間に入ろうとしていました。
シッダールタは、修行者たちに話しました。自分が宮殿での恵まれた生活に虚しさを感じたこと。どんなに幸せな生活も、やがては老い、病いにかかり、ついには死によって終わることに気づいたこと。そしてある日、出家した修行者の姿を目にしたとき、「これこそ私が歩むべき道だ」と思ったのだ、ということを説明します。そして、そこにいる指導者に、教えを乞いました。
シッダールタにとって、先生の教えはまことに新鮮でした。砂漠の砂に雨水が滲みとおるように、シッダールタは教えを吸収してゆきます。しかし、いくら学んでも、いくら先生の指導にしたがって修行を積んでも、「もうこれでよい」という感じは起こりません。確かに世俗を離れ、修行を積んでいる、学んでいる、という一定の満足感はありました。しかし結局のところ、自分自身は大きく変わったわけではない。いくつかのことについては答えを見つけた。しかし、人間の本質、人生の意味…こういった肝心な事に満足のいく解決は何も得ていない。シッダールタは、もっとほかに自分に合った教えがあるのではないか、と思い、次々と先生を変えてゆきます。そのなかには、当時有名であった2人の聖者もいました。

しかしどの先生について学んでも、満足は得られませんでした。数年ののち、彼はこう思います。
「いままで色々な先生たちから、たくさんのことを教わってきた。でも、ここから先は自分一人で進もう。何か『真実』と呼べるものがあるとするならば、わたしは、もう誰か他の人の教えに頼るのではなく、自分自身でそれをみつけよう。自分自身でそれを体験しよう。今やその時がきた。」
シッダールタは、独りで林の中に入ってゆきました。そして「苦行」という道を選んだのです。それは、激しい断食をして身体を衰えさせ、それによって、精神の純粋さを追求しようとするものでした。彼の手足はやせ細り、お尻からは肉が落ち、お腹の皮は背骨に触れるほどになりました。しかし、そのような苦行を続けても、頭がもうろうとしてくるばかりで、「精神の純粋さ」は現れてきません。シッダールタはついに苦行も捨てることにします。そして栄養のある食べものを求めて、托鉢に出掛けます。

そのとき、スジャーターという名前のある裕福な家の娘が、シッダールタに栄養たっぷりの乳粥を供養してくれました。その乳粥を食べて、彼は体力を回復させます。
「いまこそ正しく瞑想できる」
彼はこう思いました。
「自分は一体何を求めていたのであろうか。これまで必死の思いで道を求め、求めに求めて努力を積み重ねてきた。しかし、結局のところ、どこにも行き着かなかった。」
シッダールタはこうして、何かを力ずくで成し遂げようとしても、決して解決にはならないことに気づきました。そして、一本の樹の下に草を敷き詰め、くつろいだ姿勢で坐ります。彼は「私が達成しなければならないものは、実は何もなかったのだ。」ということを受け入れました。シッダールタの心の中から、次第に雑音が消えてゆきました。心は静かに、静かになってゆきます。そしてまさにその夜、シッダールタはついに最高の目覚めに達します。その偉大なる瞬間-それは夜明けも近い、明けの明星がきらめいたときでした。シッダールタの中に、大音響とともに、まばゆい光が大きく広がり、すべての疑問や疑い、不安や恐れを消し去ったのです。

この決定的瞬間のことを、のちの仏教徒たちは「正覚」-正しい目覚め、と呼びました。このとき、今日まで2,500年にわたって無数の人々を導いてきた仏教の源流が、この地球上に溢れ始めたのでした。
それはシッダールタ35歳の年、12月8日の朝のことでした。このときからシッダールタは、「仏陀」あるいは「如来」、また「釈尊」「世尊」などの名前で知られるようになりました。

それから45年間、80歳で亡くなられるまで、お釈迦さまはあらゆる階層のさまざまな人々に法を説き続けられました。

※今年は大きな飛躍の年でした。来年も頑張って参りますのでよろしくお願いいたします。