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2007.10

 
ご遺族と共にあるということ

寺の住職をしておりますと、葬儀の導師をつとめる機会がしばしばあります。
ときに、たいへん若い方をお送りしなければならないこともあります。これはご遺族にとってはもちろんのことですが、私どもにとってもつらい経験です。「20年生きても80年生きても、仏さまから見れば同じひとつの命」と、言葉では言います。が、訃報を聞いたときに故人のお年に意識が向く僧侶は、私ばかりではないでしょう。
年若い方の葬儀では、導師を勤める私の方もこう自問してしまいます。
「この方が亡くなって、私の方が生きている、というのは一体どういうことだろうか。」
このような状況でご遺族の方々と向き合うのは、ある特殊な体験です。皆さんにも、お知り合いが突然のご不幸に見舞われ、どう慰めたら良いか、何という言葉をかけたらよいのか迷ってしまう―そういうご経験がおありでしょう。こうすれば大丈夫、という万能薬のようなものはありません。しかし、仏教から得られるヒントがいくつかあります。その中のひとつをご紹介しましょう。
それは「四つの智慧」という教えです。人がさとりの境地に至ると、四つの智慧が生まれる、というものです。

まず、「大きな鏡の智慧」です。その状況のありのままを、大きな鏡のように明らかに映し出す、そのような智慧です。このたとえに習うならば、ご遺族に接するときには、先入観や思い込みを交えず、明晰な心をもってすることが重要です。ご遺族の言葉に耳を傾け、虚心になって心のこもったあいづちをうつ。ご遺族の涙につられ、一緒に涙を流す。これは、あなたがご遺族と親しければ親しいほど、助けになるでしょう。あまりよくないのは、「そういえば私もこういうことを聞いた、こういう経験をした、こういう場合はどうだこうだ」という話です。役に立つ場合もあるのですが、意外なことにそうでない方が多いようです。

次は、「平等であると知る智慧」。突然の不幸は、誰の身の上にも起こりえます。不幸を恐れる気持ち、実際に不幸に遭って「何でこんなことに」と打撃を受けた気持ち、また親しい人の訃報を聞いて、じっとしていられずに駆けつける気持ち―もろもろの気持ちが「葬儀」というひとつの場で溶け合います。そうした中で、「愛別離苦はこの世の定め、誰もこれを避けることはできない」「私もあなたも同じ弱い人間、これは決して他人事ではない、困ったときはおたがいさま」という豊かな心が大切です。

そして、「微妙な違いを知る智慧」。おたがいに弱い人間、死別の悲しみは誰もが経験することですが、その感じ方は人によって違います。故人の友人であれば、葬儀の場で過去の想い出にひたることもできましょうが、直接のご遺族にとっては、まだそれどころではないはず。故人とのつながりは、まだ「過去のもの」ではありません。また同じご遺族の中でも、故人との関係や個人差で、感じ方が違います。さらに、同じ人であっても、時によって心の状態は大きく違います。またご遺族には、周囲の人に配慮をする余裕がないかもしれませんので、ふだんとは違うご遺族のそうした状態に気づいていることも大切です。

最後は「プロセスを完成に導く智慧」。前の三つの智慧を意識しながら、ご遺族に対して時に応じ、場合に応じてあたたかく接していきます。ご遺族はやがて、ゆっくりと時間をかけながら、新たなステップに向かうことができるでしょう。

あたたかい心─ひとことで言えばそれに尽きますが、この四つの智慧を意識することによって、ご遺族に接してゆくことがそのまま、仏道を歩むことに通じます。