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2010.05

 
津末玄夫氏のこと

去る4月12日、北里大学で長く教鞭をとられた津末玄夫氏が79歳で逝去されました。
氏は私の母の従兄にあたります。高校生の頃から20年以上、私はたまたま氏のご自宅の隣に住んでおり、親しくお付き合いさせて頂きました。人の好き嫌いがはっきりしている方でしたが、私のことをかわいがって下さいました。
氏はご専門である生物学(生化学)の他に、仏教や哲学に深く関心を寄せておられました。お宅に伺うと決まって仏教の話になります。(氏は宮沢賢治をこよなく愛され、法華経の信仰をお持ちでした。)いつもニコニコと、ときには思索深い表情を見せながら私の相手をして下さいました。
賢治の『ビジテリアン大祭』を知ったのも、氏の奨めによるものです。どういう話の流れだったか菜食の話題になり、「あの本に菜食についての議論は尽くされていると思う」と言われ、私も後日手に取ることになりました。また、
「人には、生まれつき縁のある教え(経典)がある。」
よくこのように言われました。氏にとっての法華経がそれです。氏のご尊父は浄土真宗の信仰をお持ちでした。またお母さまは古くから禅宗に帰依し、般若心経を読誦されていました。お母さまのご葬儀のときは三田龍源寺の松原哲明師が導師を勤められました。ご家族それぞれが自立した信仰者であられ、お互いにそれを認め、周囲の方々も受け容れる、そのようなご家族でした。
私が浄土門に入る道を選んだときは、
「『一子出家すれば九族天に生ず』と言ってね、これは先祖や親族にとっても非常に良いことなんだ。」
と言ってたいそう悦んで下さいました。(他の親族たちは、心配だが見守るしかない、という風でしたが。)
また氏は、瞑想家として知られる山田孝男氏と親交があり、山田氏の話をよくされました。瞑想会に参加して驚くような体験をしたり、また大学の研究室に山田氏を招いて学生たちに話をしてもらったりしたこともあるそうです。「山田さんに、『あなたは2011年までは生きられないだろう』と言われた。」と笑いながら話されたこともあります。

今年の一月が、生前お目にかかった最後でした。そのときは、お身体も弱りご不自由そうでしたが、お顔だけは驚くほど澄んでいて、なんとも言えない輝きを放っておられました。■