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2010.11

 
戒名のこと―「麗峰院」

ある日のこと。電話が鳴りました。
「仏教情報センターから紹介され、連絡しました。K市に住んでいます。
家内の病が重く、あまり長くないと思われます。何かのときには、葬儀をお願いできますか。」
Tさんと名乗られました。
「…はい、分かりました。ご心配なく。お大事にどうぞ。」
それからはいつでも電話に出られるように、夜は枕元に電話の子機を置いて休みました。携帯電話を持っていなかったので、外出したときは寺に頻繁に電話を入れます。(今から9年前のことでした。)
当時私は、浄土宗の開教使としての活動を始めるために都下稲城市に転居し、すでに半年が過ぎていました。最初の拠点としたのは、仏間を作れる間取り、ということで選んだ公団のマンション。表札に「林海庵」と出してはいましたが、外見は集合住宅の一室そのままです。
引っ越して半年間、開教の準備はしていたものの、実績はほとんどありません。勤務先であった港区の心光院に通勤し、合間のボランティア活動など、以前と変わらぬ生活でした。宗務庁も、開教使の制度作りの真っ最中で、施策が実質的に動いてゆくのはまだまだこれから、という状態でした。
「この地域には浄土宗のお寺が少ないので、宗門の施策で新しいお寺を開くことになりました。お寺としてはまだ整っておりませんで…」
と、現状をそのままTさんに話します。それでも宜しければ、有り難くお受けさせて頂きます─と。Tさんは理解して下さいました。私が在家から僧侶になったということも、高く評価して下さいます。
奥様はいっとき小康もありましたが、願いかなわず、ついに旅立たれることとなりました。行年56歳。
夫婦の絆や家族の間の思いやりは、ご夫婦ご家族にそれぞれ固有のものです。あたりまえのことです。しかし、Tさんの奥様に対するお気持ちには、実に心打たれるものがありました。何と申したらよいか分かりませんが、呆然とされているそのご様子は…まったく私も言葉を失いました。
透き通るような、実に美しい死に顔でした。奥様もTさんも、二人のご子息も、できることすべてを尽くされたに相違ありません。
私にあるのは、林海庵で初めての葬儀を勤める、という大役でした。
通夜式(または枕経)のなかでは、「授戒」といって故人に正式の仏弟子におなり頂く儀式を勤めます。そして、まことの仏弟子となられた証(あか)しとして、仏弟子としてのお名前=戒名をお授けします。故人にまず仏弟子におなり頂き(授戒)、故人を仏弟子として阿弥陀さまのみ手にお預けする(引導)─これが葬儀における導師のつとめです。
どのようなお戒名をお授けしたらよいだろうか…。奥様と対面したときに浮かんだのは「麗」という字でした。またTさんのお話によると、奥様とは同じ大学のワンダーフォーゲル部で知り合われたとのこと。

「夫婦の契り、一世の縁にあらざるの理(ことわり)。輪廻の果てまでも、手を取りてあい往かん」

「麗」。瞑目すると、2頭の鹿が連れ立って山奥に分け入ってゆく後ろ姿が、はっきりと見えた─ように思いました。

お授けした院号は「麗峰(れいほう)」。
12月5日に9回目のご命日を迎えます。

願わくは、阿弥陀如来の御もとにありて、仏道を増進されんことを。■