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2012.05

 
玄叡(げんえい)上人のこと

上人に初めてお目にかかったのは9年ほど前のことです。
眼光鋭く、豪快さと優しさを兼ね備えたような風貌に、ひと目で魅かれたものでした。
林海庵の隣接する地域(東京都町田市~神奈川県相模原市)で活動しておられましたが、ご事情があってこの4月に郷里の北海道へ帰られました。
玄叡上人は天台宗の僧侶で、臨済宗の修行もご経験がおありです。

お帰りになる直前、3月の終わりにお目にかかる事ができました。
その後、桜が散り始めた頃にお手紙を頂きました。


「前略 四月二日夜、千歳空港到着。
夜半、吹雪まじりの雪の峠を越え四時間掛かり、蘭越に到着。北海道はまだ冬でした。
こんな年は初めてです。
今まで天候悪く、山の寺―世尊院に登ることができず、
雪でもう潰れているのではないか…と心配していましたが、
十二日の今日、カンジキで登ってみたら、健気に、まだ無事に
建っていました。
一階部分は雪に埋もれて居りましたが、五月中旬には坐禅会も始められそうです。

見性体験があったとしても、現実面でそれを生かせる人は少ない。
自分自身の気持ちと心が直下に解るのだから、
それを実行しなくては苦しくなる。
心は一ツ…その心は、自分一人の心でもない。
自他一如の心というべきか。
その自他も消えた三昧で生きる事を、私たちは求められているのでしょう。
明日を保証されぬ生活ですが、今の処、不安感はありません。
今後は二万坪の山と、小さな世尊院という寺はありますので、
自身の課題を消化してゆきたいと思います。
笠原さんには、今まで誠実な応対をしていただき感謝しております。
何か私で役に立つ事があれば、いつでもご連絡下さい。
右 御礼まで」


東京で最後にお目にかかった日、玄叡上人の体験談を伺う事ができました。
趙州無字の公案を通過したときのこと。
「ウォー!!」という地の底から響くような叫び声が飛び出したそうです。
自分と他人は別々ではない、ということを実体験した人だけが、
慈悲の心の何たるかを知る事ができる―
熱をこめて語って下さいました。

道に達し、なお道を求める人―玄叡上人との有り難きご縁です。◆

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