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2015.12

 
生命の尊さ

「人の生を受くるは難く、やがて死すべきものの今生命(いのち)あるはありがたし。」(法句経)

 生命はまことに尊いものです。
 私たちの地球—これほど生命にあふれた星はありません。時おり地球外生命についての報道がありますが、未だ可能性の域を出ておりません。せいぜいのところ、「微生物が生息しているかもしれない」というレベルです。地球の外側には生命現象は(ほとんど)ない、つまり私たちが住んでいる星は圧倒的な「死の世界」に取り囲まれているわけです。死に満ちた大宇宙の中のちっぽけな星。そこにありとあらゆる種類の生命が豊かに息づいている。なんと貴重なことでしょうか。どんなに小さな生命であっても、むやみに傷つけてはいけません。
 これは神仏に禁じられているから傷つけないのではありません。理性をもって考えてみれば、自然に非暴力という結論に至ります。お釈迦さまのお言葉通りです。
 次に、時間的に眺めてみましょう。これら多種多様な生命が展開し、進化して現在の私たちがここにいるわけです。自分の命は誕生日から始まって、死ぬときに終る。いいえ、そうではありません。この世にオギャアと生まれてくる前にはあなたはお母さんのお腹の中にいました。誕生日に突然生まれた生命ではありません。ではお母さんのお腹の中に宿る前はどうだったか。その種はお母さん、お父さんの肉体の中にあった。お母さんやお父さんの肉体はどこから生まれたのでしょう?ご先祖の方々、そしてずっと昔からこれらの人々を育んでくれた太陽、雲、雨といった天の恵み、そして食べものをもたらしてくれる地の恵み。こうした天地人の大いなる恵みの歴史の延長上に私たちは貴重な命を得て(頂いて)いるのです。この生命をどうして粗末にできましょうか。

 中にはこう考える方もおられるかもしれません。
「確かに生命は尊いものかも知れないが、今は生きるのがつらくてしょうがありません。何とかしてこのつらさを終らせたいのです。」
 何かきっかけになるようなおつらいことがあったのでしょう。あなたは今、救いのない孤独感の中に閉じ込められているのかも知れません。しかし「つらい」と感じるそのこと自体が、生命へのもがきなのではないでしょうか。あなたの中に、生き生きと脈打つ生命を目指して必死でもがいている部分があるのではないでしょうか。
 夜明けは遠くありません。いつまでもこの暗闇が続くわけではないのです。
 どうか仏さまに向かって心を開き、仏心−その心臓の鼓動の中に、大いなる安らぎを見出して頂きたいと思います。

 来年が皆さまにとって佳き年でありますように。◆