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2016.03

 
「苦」という聖なる真理(続)
 お釈迦さまというお方は、一体どのような人であられたのでしょう。
 想像するより他はないのですが、おそらくその存在そのものが尊くもまばゆい光を放っておられたに違いありません。人々は、お釈迦さまのおそばに坐っているだけで、あるいはそのお声を拝聴するだけで、光を浴びているような気持ちになったことでしょう。
 お釈迦さまが亡くなられると、そのお言葉や行動が初めは口伝えで、のちには経文として記録されました。お釈迦さまの肉体は去った。だがその臨在、存在感は未だここに残っている。これらを何らかの形で後世に残さねば。たとえお釈迦さまを直接存じ上げているわれわれ弟子たちがいなくなったとしても、お釈迦さまの記録をのちの時代に伝えねばならぬ。お弟子様方はこうした使命感に突き動かされたことでしょう。

 しかし、お釈迦さまの「臨在」はもはやそこにはありません。後年大乗仏教が起こり多くの門流が生まれたのは、いずれもお釈迦さまの臨在を追体験しようとする努力、試みでした。
 その一つが浄土教です。
 苦—それはいつの時代にもあります。いたるところにあります。いくら生活が便利になったとしても、いくら豊かな時代になったとしても、それはなくなりません。
 極端な例かもしれませんが、戦場からの帰還兵のPTSD(心的外傷後ストレス障害)について聞いたことがあります。ベトナム戦争では約5万人の米兵が戦死しました。それに対して、退役軍人の自死は10万人に及んだそうです。驚くべき数字です。戦場という特殊な状況での死との直面。その後に続く長い苦しみ。経験した人でなければ分からないものでしょう。
 浄土宗を開かれた法然上人も、幼くして父に死に別れました。それも夜襲に遭い、目の前で敵に討たれるというむごい光景でした。見てはならぬものを見てしまった…今で言うところのPTSDは、自分の力だけではどうにも解決できない—いくら経典を学んでも、いくら禅定を修めてもその苦しみを乗り越えることはできませんでした。
 法然上人の内なる深い闇。30年以上にわたる心の暗闇に突然差し込んできたのが阿弥陀仏の聖なる光です。それは、かのお釈迦さまが放たれていたのと同じ光明—ここに本願念仏の道が開かれました。

「南無阿弥陀仏。」

 苦という聖なる真理に向き合い、血を流しながら必死で取り組まれた法然上人の、それが結論でした。
 お釈迦さまのお覚りでは、明けの明星を仰ぐと同時に内なる光が炸裂しました。法然上人の場合は、阿弥陀仏の真意を覚ると同時に、外なる光明がそのお心を貫いたのです。

 こうしてみると、自らの心の闇に向き合い、その中に跳び込み、底の底に降り立った人が「光明の人」となる、それが「苦という聖なる真理」の示すものなのかも知れません。◆