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Q&A 56

質問56

仏教
仏教はお釈迦さまが開祖といわれています。お経によりますと、西方に浄土ありて阿弥陀如来がおられ、南無阿弥陀仏を唱えるとお迎えに来て下さると説かれています。阿弥陀如来がおられるということは、お釈迦さまがそのことを悟られて、初めて阿弥陀如来が居られるということが分かったのでしょうか? それとも、お釈迦さまの生まれる以前の時代から阿弥陀如来という方が居られるという言い伝えがあったのでしょうか?
〈回答 56〉 このテーマについては、いくつかの見方があると思います。
1)浄土経典によれば…
ご存知のように、「阿弥陀如来は成仏されて十劫経っている」とお釈迦さまは言っておられます。また、法然上人も「お釈迦さまが世に出られたのは、阿弥陀さまの教え(浄土教)を人々に伝えるためである」とおっしゃいました。従って、ご質問の前者のように、「お釈迦さまが阿弥陀如来のことを悟られて、初めてそれを人々に説いた」ということになりましょう。
一方、仏教学者たちは「浄土経典は大乗経典の一部であり、お釈迦さまが直接説かれた教えではない」という歴史的事実を指摘します。その方面の研究によれば、
2)阿弥陀信仰の起源
イランの古代宗教(太陽崇拝)にそのルーツがある、という説や、インドのヴェーダに出るヤマ天(安穏不死の世界)が極楽浄土の起源であるという説、同じくインドのヴィシュヌ神信仰がその起源であるという説など、諸説あります。(しかし、いずれも決め手があるというわけではなさそうです。)ですから、ご質問の後者「お釈迦さまが生まれる以前から阿弥陀信仰があった」か、又はそれに類する信仰があった可能性はあるわけです。お釈迦さまの人格ならぬ「仏格」に、これらの信仰が結びついて、悟りを得られた存在としての「阿弥陀如来」が語られるようになった、とも言えましょう。
このように、見方によってどちらとも言えるわけです。

私自身は、こう考えています。「歴史的事実」は、「宗教性」という偉大な輝ける鉱脈が、ほんのわずか地上に顔を出したものに過ぎない。だから、それはもちろん無視できないが、真実のごく一部に過ぎない。それがすべてだと思ってしまってはいけない。
ですから、私自身は阿弥陀信仰の歴史的起源はあまり問題にしていないのです。心をこめて「なむあみだぶつ」と発声することが大切だと考えています。