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Q&A 120

質問120

一般の相談
先月母が亡くなりました。病院から知らせが来て、飛んでいったのですが、間に合いませんでした。「死に目にあえない」とよく言いますが、死に目にあえないと、何か問題があるのでしょうか?
〈回答 120〉 死は個人的な現象です。その瞬間を一人で迎えることになったとしても、何も問題はありません。ご遺族の気持ちからすれば、「死に目にあえず心残りだ」と思われるのも無理ありませんが、それはご遺族の側のこと。家族がそばについていたり、いなかったりすることで、死のプロセスに影響を与えるわけではありません。
それよりももっと大切なことは、その瞬間に仏のお導きを頂けるかどうか、ということです。この教え(浄土宗)によれば、「ふだんよくお念仏を申すことによって、臨終のときに必ず阿弥陀仏のお導きを頂ける。仏のお姿を拝すれば心落ちついていられるので、念仏者はたいてい安らかな臨終を迎えることができる。」とあります。

——「まめやかに往生のこころざしありて、弥陀の本願疑わずして念仏申さん人は、臨終悪きことは、大方候まじきなり。そのゆえは、仏の来迎したもう事は、もとより行者の臨終正念のためにて候なり。…ただの時に、よくよく申しおきたる念仏によりて、臨終にかならず仏来迎したもう。仏の来たり現じたまえるを見たてまつりて、正念には住すと申し伝えて候なり。」(法然上人)

万一母上が浄土に往かれていない場合でも、ご遺族の皆さんがお念仏をとなえてご回向をされれば、母上は阿弥陀仏の光明に照らされて解脱することができます。『無量寿経』というお経に書かれている通りです。
ですから、どうぞお気になさらぬように。そして、母上が速やかに仏の道を歩まれるよう、よくお念仏のご回向をして差し上げて下さい。