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Q&A 127

質問127

仏教, 宗教
カウンセリングを勉強しています。仏教の立場からは、カウンセリングをどう考えますか。カウンセリングは、自我を支えることが目的のような気がします。仏教が説く「無我」と対立しませんか?
〈回答 127〉 私はカウンセリングの専門家ではありませんが、仏教者の立場から答えさせて頂きます。
助けを求める方々の相談相手になることは、とても大事なことです。そこでは自分自身が厳しく試されます。「今、自分はどういう気持ちでこの方に対しているだろうか。」「どういう対応が、この方の助けになるだろうか。」「今、どういう可能性があるだろうか。限界についてはどうだろうか。」…といったようなことを常に自問しなければなりません。頭で相手の状況を考えるだけでなく、相談を受けている自分自身の感情や身体の感じに注意を向けたり、相手の今現在の様子を観察することも大切です。仏教で大切にしている「慈悲」と「智慧」が正に求められるところです。

ご質問は、「自我を支える」ことと「無我」が対立しないか、ということですね。
私自身は「対立しない」と考えています。実際のカウンセリングの場面では、単純には言えないいろいろなことが起こるでしょう。中には「無我を体験した」といえるような場合もあるかもしれません。また、「熟した果実は落ちる」の譬えのように、充分に強い自我を育てることがやがては「無我」を体験することにつながる、ということもあります。
ですから、カウンセリング=仏教実践の場である、とは単純に言えないにしても、仏教的な観点をもってカウンセリングに取り組むことは充分に可能です。というよりも、とても重要なことです。
私自身はそのように考えています。