QA目次へ

Q&A 200

質問200

仏教
 年末年始、カンボジアのアンコールワットに行ってきました。
 日本語勉強中のカンボジア人ガイドさんから聞いたところによると、カンボジアの僧侶の食事は一日一回正午のみ(水分はそれ以外の時の摂っても良い)そうです。
 ガイドさんから「日本の僧侶も一日一回正午のみの食事か?」と聞かれました。修行中だと一日二回だった気もしますが、修行が終わられた方だと違った気もします。結局曖昧な答えしか出来ませんでした。
 どこに質問すればよいか分からずこのサイトを見つけました。お手数ですが、お答え頂けないでしょうか? 質問してくれたガイドさんに教えてあげたいと思います。
〈回答 200〉日本の僧侶の食事は、修行を終えたら基本的には制限はありません。(一部の僧侶の方は、食事回数の制限や菜食を守られていると思いますが…)
では修行中はどうか。浄土宗の場合は三食です。但し、朝食は「小食(しょうじき)」といい、補佐的なもの。昼食(中食)がメインです。夕食は「薬石」、健康を保つためのものであり、正式の食事ではない、という位置づけです。

一日一食ではなく三食? これだけですとガイドさんがびっくりされると思いますので、付け加えます。 
カンボジアは上座部仏教であり、日本の仏教とは大いに異なっております。私は上座部仏教の経験がございませんので、大ざっぱなことしか申し上げられませんが、上座部仏教では、
「厳格な戒律に則った生活、修行を続ける僧侶と、彼らに布施をすることによって徳を積む信者」
という構図だと思います。
これに対して日本では、
「世俗に近い生活を続けながら、檀信徒の葬儀や法事に関わり、日本的な宗教世界を支える僧侶と、わが家の葬儀や先祖供養を勤めてくれることに対する御礼の意味をこめて彼らに布施を捧げる檀信徒」
という構図、と言えるのではないでしょうか。戒律に厳密でないという点でいえば、日本では明治時代以降、肉食妻帯も公のものとなりました。別の職業をもちながら僧侶をしている人も大勢います。

 とても同じ仏教とは思えない、という見方もできましょうが、宗教意識の根本、すなわち「釈尊という偉大なお方を敬い礼拝し、かの方の亡き後も、われわれはその導き、あるいは救いを頂くことができる」というところは共通です。
 そして釈尊が残された多くのみ教えの内、どの教えを重視して生活にいかしてゆくか、というところからグループが分かれ、時代を経て、さらに多くの宗派に分かれます。
 私自身は、戒律を守る僧侶だけが高い境地にすすめる、というのではなく、僧侶も一般の人も平等に救われる日本仏教(特に浄土教)に関心を持ってこの世界に入りました。

ご寄付のページへ