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2011.02

 
法然上人のお言葉 (1)

本年は浄土宗祖、法然上人の800年忌にあたります。
上人の宗教を学ぶには、やはり原典にあたるのが一番。多少難しいところもありますが、是非声に出して読んでみて下さい。


それ流浪三界のうち、何(いず)れのさかいにおもむきてか釈尊の出世に遇(あ)わざりし。輪廻四生のあいだ、何(いず)れの生(しょう)を受けてか如来の説法を聞かざりし。
華厳開講の筵(むしろ)にも交じわらず、般若演説の座にも連らならず、鷲峰(じゅぶ)説法の庭にも臨まず、鶴林(かくりん)涅槃(ねはん)のみぎりにも至らず。われ舎衛(しゃえ)の三億(のく)の家にや宿りけん。知らず、地獄八熱の底にや住みけん。恥ずべし、恥ずべし。悲しむべし、悲しむべし。
まさに今、多生(たしょう)曠劫(こうごう)を経ても生まれ難き人界(にんがい)に生まれ、無量億劫(おっこう)を送りても遇い難き仏教に遇えり。釈尊の在世に遇わざることは、悲しみなりといえども、教法(きょうぼう)流布の世に遇うことを得たるは、これ悦びなり。譬(たと)えば目しいたる亀の、浮き木(ぎ)の穴に遇えるが如し。
わが朝(ちょう)に仏法の流布せし事も、欽明天皇、天(あめ)の下(した)をしろしめして十三年、壬申(みずのえさる)の年、冬十月一日、初めて仏法渡り給いし。それより前(さき)には如来の教法も流布せざりしかば、菩提の覚路、未(いま)だ聞かず。
ここに我ら、いかなる宿縁に応え、いかなる善業(ごう)によりてか仏法流布の時に生まれて、生死(しょうじ)解脱(げだつ)の道を聞く事を得たる。
しかるを今、遭い難くして遇うことを得たり。徒(いたず)らに明かし暮らして止(や)みなんこそ悲しけれ。

(私訳) 私はこれまで、様々な生を経てきたに違いないが、釈尊が世にいで給うたときには一体いかなるところに生きていたのであろうか。華厳経、般若経、法華経、涅槃経といった名説法に直接触れることができなかったのは、返す返すもわが恥であり、悲しみである。
しかしこうして今、人間としてこの世に生まれることができた。仏教に出会うという恩恵に浴することもできた。釈尊に直接お目にかかることは叶わなかったが、その教えが広まっている世に生まれ得たのはわが悦びである。(目の見えぬ亀が海中にいて、百年に一度、波の上に顔を出すとしよう。あるとき、この亀が海に浮かぶ木片の穴から偶然頭を出したとする。それほどめったにない機会に出会うことができたのだ。)
日本に仏教が伝わったのは、欽明天皇の13年(552年)。それ以前には釈尊の教えもわが国に流布しておらず、覚りへの道を知る者もいなかった。
ここにいかなる縁に恵まれてか、仏教が流布する時代に生まれ、迷いの世界から解脱する道を学ぶことができたのだ。
(仏道を歩まずして)無益に人生を終えるとしたら、何と悲しいことだろう。

遇い難き仏教と出会えたことの歓びが語られます。それは、長く暗い心の旅路の末に、とうとう光明にたどり着くことができた感動です。とてつもなく深く、静かな感動─普遍の宗教的生命に触れ得た歓びです。
では、法然上人がたどり着いたところとは、どのような場所だったのでしょうか。上人のお言葉から、また学んで参りましょう。■