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2011.08

 
法然上人のお言葉 (2)

本年は、浄土宗を開かれた法然上人の800年忌にあたります。
上人の教えを学ぶには、やはり原典にあたるのが一番。やや難しいところもありますが、是非声に出して繰り返し読んでみて下さい。

おおよそ仏教多しといえども、所詮、戒定慧(かい じょう え)の三学をば過ぎず。いわゆる小乗の戒定慧、大乗の戒定慧、顕教(けんぎょう)の戒定慧、密教の戒定慧なり。

しかるにわがこの身は、戒行(かいぎょう)において一戒をも持(たも)たず、禅定(ぜんじょう)において一つもこれを得ず。人師(にんじ)釈して、尸羅(しら)清浄(しょうじょう)ならざれば、三昧(さんまい)現前せず、と云えり。

また、凡夫の心は物に従いて移りやすし。たとえば猿猴(えんこう)の、枝に伝うがごとし。まことに散乱して動じやすく、一心静まりがたし。無漏(むろ)の正智(しょうち)、何によりてかおこらんや。もし無漏の智剣(ちけん)なくば、いかでか悪業(あくごう)煩悩(ぼんのう)の絆を断たんや。悪業煩悩の絆を断たずば、なんぞ生死(しょうじ)繋縛(けばく)の身を解脱(げだつ)することを得んや。悲しきかな、悲しきかな。いかがせん、いかがせん。

ここに我らごときは、すでに戒定慧の三学の器(うつわもの)にあらず。この三学のほかに、わが心に相応する法門ありや、わが身に堪えたる修行やあると、よろずの智者に求め、諸々の学者にとぶらいしに、教うるに人もなく、示すに輩(ともがら)もなし。しかる間、歎き歎き経蔵に入(い)り、悲しみ悲しみ聖教(しょうぎょう)に向かいて、手ずから自らひらき見しに、善導和尚(かしょう)の観経(かんぎょう)の疏(しょ)の、「一心に専(もっぱ)ら、弥陀の名号を念じ、行住坐臥(ぎょう じゅう ざ が)に時節の久近(くごん)を問わず、念々に捨てざるもの、これを正定(しょうじょう)の業(ごう)と名づく、かの仏の願に順ずるが故に」という文(もん)を見得てのち、我らがごとくの無智の身は、ひとえにこの文を仰ぎ、専(もは)らこのことわりをたのみて、念々不捨の称名を修(しゅ)して、決定(けつじょう)往生の業因(ごういん)に備うべし。


(私訳) 経典にはさまざまな教えが説かれているが、詮ずるところ、戒・定・慧の三つの修行法に集約される。小乗と大乗、顕教と密教、それぞれにこの三つの修行方法がある。

ところが私自身は、戒(不殺、不盗などの仏教の戒め)に関しては一つの戒すら守ることができない。定(精神集中の修行)についても一つも体得できなかった。ある高僧が言うには、「戒(インドの言葉でシーラ)が清らかに守られていないと、心の集中状態は現れてこない」とのことだ。

また私たち凡夫の心は、ものごとに引きずられて移ろいやすい。それはまるで、猿が枝から枝へと動いているようなもの。まことに散乱して落ち着きが無く、一処に静まりがたい。

このような状態で、煩悩に汚れぬ正しい智慧が、どうして起こり得るだろうか。もし汚れなき智慧の剣がなければ、どうして悪業や煩悩の絆を断つことが叶おうか。悪業煩悩の絆を断たずして、どうして迷い苦しみの輪廻世界から解脱することができようか。ああ、まことに悲しき哉、一体どうしたらよいのだろうか。

「私のような者は、もう戒・定・慧の修行を全うできる器ではない。この三種の修行法のほかに、私の心に相応しい教えがあるのだろうか。私の身体でも行なえる修行がはたしてあるのだろうか…」

かように思い直し、多くの賢者の教えを請い、様々な学者を訪ね歩いた。だが、それを教えてくれる人はおらず、道を示してくれる仲間もいなかった。

そこで、歎き歎き経藏に入り、悲しみ悲しみ経典に向かい、みずから手に取って開き見た、善導和尚(7世紀中国の高僧で、法然上人が師と仰いだ)が書かれた『観経疏』という本の中に見出したのが、次の一文である。

「一心に専ら阿弥陀仏のお名前を念じなさい。行住坐臥、日常生活のどのような状態にあっても、時間の長短を問わず、片時もやめてはならない。これを正定の業と名づけよう。かの阿弥陀仏の本願にしたがう行であるゆえに。」

その後は、「私のような無智の身は、ひとえにこの一文を仰ぎ、ここに説かれる道理を頼みとしよう。片時もやめない念仏行を修めて、必ずや極楽往生を得るための備えとしよう」と心を定めたのである。

尊い教えは数多くあるものの、「この私」にぴったり合った教えと出会うのは稀なこと。
法然上人は自らの体験を語られ、私たちはそこに自分自身を重ねます。
暗闇と光─宗教の本質がそこにあります。■