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2006.03

 
僧侶の心得とは

最近、浄土宗から『蓮門住持訓(れんもんじゅうじくん)』という本が出版されました。浄土宗寺院の住職たる者の心構えについて、江戸時代に書かれた本の復刻版(現代語訳)です。
今はその内容には触れません。先日、この本が話題にのぼったとき、さる先輩の僧侶の方がなさった話をします。

「僧階を頂いてからが、本当のスタートだ。いわば運転免許と同じ、と考えなければならない。運転免許を取ったからといって、新米のドライバーに『運転の仕方やコツを教えて欲しい』と尋ねる人はいない。しかし、我々は僧服を着ていると、それだけで一通りの修行を終えた一人前の僧侶、と見られる。一般の方に対して、責任をもって対応することは大事だが、本心から『自分はもう一人前だ』と思ったら大間違いだ。
僧階を頂いてから、初めて実際面の修行が始まる。一人の教師として、自分の日々の行をどう工夫してゆくのか。浄土の信仰をどう伝えてゆけばよいのか。檀信徒から信頼して頂くにはどうすれば良いのか。自分は何を期待されているのか。質問や相談を受けたときにどう対応するか。法要をどう勤めてゆけばよいのか。どういうふうに原理原則を貫き、どのように場面に応じた融通性を利かせてゆくのか。先輩や後輩の上人方とどうお付き合いしてゆけばよいのか。自分の責任の範囲をどう把握し、何かことが起こったらどういうふうに対応してゆけばよいのか。ものごとを進めてゆくとき、誰にどういうふうに相談すればよいのか、等々、学ばなければならないことが山ほどある。
これらのことは教科書には出ていないが、とても大切なことだ。
教師として立ってゆくには、高度の社会性が求められる。『僧階を頂いたら、それでもう目的は達成、自分は一人前だ』なんて思っていたら、とんでもない間違いである。」

ううむ、厳しいお話ですが、誠にその通り、と思いました。 私も教師資格を頂いてから13年経ちますが、まだまだ足りません。一生が修行である、と気を引き締めております。

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