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2020.04

 
今、考えたい「戒」という教え
笠原 泰淳 記(令和2年4月)

 仏教には「戒」という教えがあります。「戒律」の「戒」でありまして、「仏教徒としてこれらのことは行なってはいけませんよ」という教えです。一番基本となるのは五戒といわれるものです。

  • 不殺生戒(ふせっしょうかい):殺生をしない
  • 不偸盗戒(ふちゅうとうかい):盗みをしない
  • 不邪婬戒(ふじゃいんかい):不倫などの道徳に反する性行為をしない
  • 不妄語戒(ふもうごかい):嘘をつかない
  • 不飲酒戒(ふおんじゅかい):酒を飲まない
 これらの五種の行為は、私たちの心を仏の世界から遠ざけますので、行なうべきではないのです。

 法治国家に暮らす現代の私たちは、一般道徳としてこれらを行なうべきではないという共通理解をもっています(不飲酒戒を除いて)。ですから何も仏教から言われる必要はない、と思われるかもしれません。しかし仏教においては、これらが道徳的に禁じられているから行なわないのではなく、「自らが守るべき自主的な心の規範である」という点が肝心なのです。

 たとえば、新型コロナウイルスによる感染の問題です。
 自分自身に感染の疑いが感じらるならば、絶対に外出すべきではありません。(むろん重症化すれば医師に診てもらわなければなりませんが。)これは法律で禁じられていなくても、あるいは仏教の戒律に明文化されていなくても、外出することによって他人の身体に危害を及ぼす可能性があるならば、「不殺生戒」の精神から考えてそれを控えるべきです。あるいは社会的立場によっては、「従業員の暮らしを何とかして守らなければならない」ということを最優先に考えなければならない方もおられることでしょう。自分がどういう行動をとることが、あるいはとらないことがもっとも人々の命を守れるのか。各自でよく考えて、また行政のリーダーの声にも耳を傾けながら、判断しなくてはなりません。これが今日における「不殺生戒」ではないでしょうか。
 次は「不偸盗戒」。たとえ法的に問題がなくても、自分が必要とする範囲を超えた「買い占め」「買いだめ」は控えなくてはなりません。自分の無自覚な行為によって、その品物を本当に必要としている人の手にそれが渡らない事態になるとしたら、ましてや転売を目的とする買占めであれば、それは仏教的に見れば立派な「盗み」に当たると言えるのではないでしょうか。
 そして「不邪婬戒」。不倫は深く人を傷つけます。人の心を殺します。結局のところ、当人の心を仏の世界から遥かに遠ざけることになります。たとえ社会が混乱している時であっても、決して行なってはなりません。
不妄語戒」。例え法に触れない範囲であっても、嘘を言ったりネット上に発信することは控えなければなりません。特に人々が不安な心を抱いている現在は、発言に慎重になるべきです。思わぬ噂が大きな問題に発展することもあります。
 最後に「不飲酒戒」。酒を飲まない。飲酒についてわが国では、あるいは日本仏教ではとても寛大です。結婚式、葬儀式などの通過儀礼では仏式神式を問わずお酒はつきものですし、酒造りは匠の技として尊重される職業です。しかし一方で、飲酒や薬物の乱用が習慣化すると心身を害します。「自分が楽しむだけで他の人に迷惑をかけるわけではないからいいじゃないか」という意見もあるでしょうが、お酒や麻薬が私たちを仏の世界に近づけてくれるかと言えば、「否」と言わざるを得ません。それははっきりしています。外出する機会が減って家にいるようになりますと、普段とは何かと勝手が違って参ります。悪しき習慣に染まらずに健全な生活リズムを作ることが大切です。私自身も過去に飲酒をしておりましたので、禁酒して下さいとは申しません。が、控え目にして頂くことでご自身の身体にもご家族にも、そしてお財布にも優しくなるのではないでしょうか。

 自主的な心の規範—このような時期だからこそ、心がけたいものです。そして医療関係者ほか、問題解決の為に身を粉にしてはたらいて下さっている方々に深く感謝いたしましょう。

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