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2024.01

 
年頭にあたって
笠原 泰淳 記(令和6年1月)

 明けましておめでとうございます。本年が皆さまとご家族にとって、お健やかで実り多き年でありますよう心より祈念いたします。

 本年は、浄土宗が開かれてから850年という記念の年にあたります。
 浄土宗を開かれた法然上人は、御年43歳のとき(1175年)に浄土宗の教えのもととなる阿弥陀仏の本願の真実を悟られました。そのときの感激たるや、
「感悦髄に徹(とお)り、落涙千行なりき」
 だったそうです。

 法然上人の仏道探求の目的は、ひとりご自身の解脱のためのみではなかったように思われます。
 上人の父君である漆間時国(うるまのときくに)という方は、美作(岡山県)地方の治安を保つ役を務めておられましたが、突然の夜襲によって命を落とされました。この父君の御霊にはたして救いはあるのか。そして母君—夫亡きあと頼りとすべき一人息子を手放し修行に出すことになった(一文不知の)母君は、仏教においてはたして救われるのか。
 法然上人の探求には、これらの問いも含まれていたのではないでしょうか。
 さらに、克服し難い憎しみの心。明石定明の卑怯な手段によって深傷を負った父君は、その死の床で、息子に対して敵討を禁じる遺言を残しました。がしかし法然上人の心の葛藤、もう少し言えば、仇敵明石定明に対する尽きることのない憎しみの感情は、二十年三十年経っても癒えることはなかったでありましょう。それが阿弥陀仏による救済を探求する大きな動機だったとも考えられます。
 こうした心の葛藤をまるごと受け入れてくれる教えがここにあった—伝えられる事柄からの想像に過ぎませんが、「落涙千行なりき」の背景にはおそらくこのような個人的事情があったように思われるのです。

 いずれにしましても法然上人は阿弥陀仏の救済原理をわがものとされ、それがそのまま万人を救う普遍的な道につながると気づかれました。
 苦悩に沈む人々、葛藤に苦しむ人々はいつの時代も尽きることがありません。今日の世界を見ても苦に喘いでいる人がいかに多いことでしょうか。
 まさしく「今日における救い」としてお念仏の教えをお伝えして参りたいと思っております。

 本年も宜しくお願いいたします。🙏

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